*時差2時間と季節差180°*



午後8時50分。
8時台の特番がそろそろ終わりに近づいて、テレビの中でスタッフロールが流れ始めた。

そわそわそわ。
ちらり、ちらり。

目の前のソファに座って怪しい行動を取る弟に、呂佳は訝しげな視線を送る。
不思議に思ったが、その視線を追ってすぐに納得。
(ああ、アイツね)
時計を盗み見るということは時間を気にしているということ。
時間を気にするのは、何か約束があるということだ。

そわそわそわそわ。
ちらちらちら。

(ちっ。ウゼーな、ったく!)
数分も惜しいのか、目の前の存在はよりいっそう不審な行動をとっている。
まぁ、彼の気持ちが分からないでもない。
今日はクリスマス・イヴ。
我が家では今日も明日も「家族」で団欒するのが暗黙の了解だ。
和やかなこの雰囲気を壊して自分だけ抜けるのを、きっとこの弟は良しとしない。
(そーいうトコが甘ちゃんなんだよ、テメーは)
呂佳はあい変わらず正面で落ち着きのない行動をとる利央を睨みつけながら、心の中でため息をつく。
「……利央」
仕方が無い。これ以上目の前でそわそわされてもこちらの怒りが募るだけ。
一生に一度位は助け舟でも出してやろう。
「な、なに。兄ちゃん」
(……大学も2年目だっつーのに、本当にアホ面なおらねーな)
「お前、大学の方でレポートかなんか出てんじゃねーのかよ。さっさとやって来い」
「――…え? あー…、ああ、うん、そう! ちょっと2階行くね!」
意味ありげに視線で促せば、それを察した利央の顔がぱっと花開く。
そんなに嬉しそうな顔をしたらレポートじゃないのがバレバレだ。
案の定バタンと閉じられたドアの音の後、「彼女か?」との父親の声。
「……シラネー」
冷めた兄の言葉も知らず、利央は階段を駆け上がって行った。



リビングの賑やかさとは正反対に、静まり返った自室の机に座って利央は携帯を握り締めた。
起動させたばかりのパソコンだけが、控えめな音を立てている。
――ピリリリリ……。
やがて握り締めた携帯から聞きなれた呼び出し音が鳴った。
時刻は午後9時。約束の時間ぴったりだった。
「も、もしもし。準サン?」
『おう。お前、声震えてねぇ? やっぱそっち寒いか?』
じんと沁みこんだ、準太の声が頭の中でキラキラ反射しているみたいだと利央は感じた。
そりゃ震えもする。3日ぶりの彼の声だから。
「う、うん。さすがに雪は降ってないけど。そっちは?」
『日本の夏よりは暑くねーよ。気温変わらないけど、やっぱ乾燥してんしな』
「そっかぁ。そっち着いたらいきなり夏で大変だったんじゃない?」
まだキラキラがおさまらない。
ゆったりと落ち着いた準太の声が夢のように心地いい。

大学のゼミで民俗学を専攻した準太は、ゼミの研修旅行で3日前からオーストラリアのメルボルンにいる。
サマータイム導入の時差は2時間。季節は正反対だ。
『まぁな。教授は今年定年だし、ちょっとキツそうだぜ。でも別名ガーデンシティってだけあって緑は綺麗だな』
「そうなんだ、いいなー。写真いっぱい撮ってきてよ」
『あー…、ちょっと待て。今お前のパソコン宛に何枚か送ってやるよ』
返事をした利央がメールボックスを見ると、早速メールが届いていた。
ああ、はじめからこうしてくれるつもりだったからパソコンを開いて待ってろと約束したのか。
「スゴイ! キレーだね」
『メルボルン展望台とセント・パトリックス大聖堂。あと、最後のは商店街にあったクリスマスツリーな』
準太の声をバックミュージックに、利央は一人、メルボルンの町を旅する。
光の洪水で飾られた町を見下ろす展望台からの夜景。
荘厳な雰囲気をひしひしと伝える大聖堂。
そして……。
「……このツリー、面白いね。そっちのってみんなこんな感じなの?」
もみの木ではなくもっと若草鮮やかな何かの植物。やしの葉のような形状。
飾られたのは見慣れた赤・白のカラーではなく、オレンジと黄色の小物類。
どこから見ても英国風の王道とはかけ離れた、遠くの穏やかな無人島を思わせる。
『いや、この店独特みたいだな。タヒチから来た夫婦がやってて、それでじゃねーか』
「ふぅん、いいなー」
見慣れたツリーとは違う。温かな夏のツリーだ。
こんな景色を準太は見ている。……自分が隣にいない場所で。

綺麗なものを見てしまったからだろうか。
久しぶりに準太の声を聞いてしまったからだろうか。
突然に足元が揺らぐような、そんな不確かな切なさに襲われて、利央の目頭が熱くなる。
『……利央?』
黙り込んだ恋人を心配して、準太が名前を呼んだ。
その声にとてもとても縋りつきたくて。
けれど、海外にいる準太に余計な心配はさせたくない。せっかく日本を離れて勉強をしに行った彼の邪魔にはなりたくない。
「ねぇ準サン、キスしていい?」
心を抑えて、飛び出したのはそんな言葉だった。
電話口で準太が『はぁ?』と歪んだ声を上げている。
それに構わず、また、返事を待ちもせず利央はそっと電話越しに唇を落とした。
擦れた空気音とかすかに動いた水音。触れた利央の唇の、柔らかな気配。
遠く離れた日本で起きているだろう光景に気づいて、準太が息を呑んだように思う。
『――…馬鹿じゃねーの、ドアホ』
悪態をついた準太の声は、どこか照れているようだった。
その声の変化だけで、利央の心から暗いもやがすうっと引いた。
「大晦日には、帰ってくるんでしょ、準サン」
『帰るよ。下手したら埼玉着く前に新年だけど。でも、帰ったら絶対最初に連絡してやるから……初詣の予定は入れんな』
「うん。待ってる。約束ね」
微笑んだその表情は、遙か彼方の夏の地へ届いただろうか。
利央の謳うような言葉に、準太もそっと息を吐く。


夏の暑さと冬の切なさと。
どちらも与えてくれるひと。

いつか、真夏のクリスマスに出会いに行こう。
ずっとずっと未来でいい。そんな約束を二人でしよう。

――…色鮮やかで心温かい、南国クリスマス。




あとがき

ちょっと早いですが、クリスマスのお話でした。
去年書こうとして年末の忙しさでお蔵入りしていたお話なので改めてアップできて嬉しいです。
季節イベントネタは書いていて楽しいですね。

では、今年のクリスマスも二人が幸せでありますように!
2008/12/08