*月明かりの冠*


目が覚めると、見慣れない白い天井があった。
頭が重い上に体には力が入っていなくて、一体なんなんだ、と思う。
けれど、口元につけられている器具がドラマとかでよく見慣れたアレだったから、なんとなく場所は分かった。

――病院?

意識した途端、急激に頭は回り始めた。
白いのは天井だけじゃなく、壁も、ベッドも。
どうやら個室で、左腕に繋がった点滴は2種類。
腹に引きつったみたいな痛みがある。

なんだっけ、どうしてこんなんなってるんだっけ。

逡巡していたところで、部屋のドアが開いた。
あ、なんだよ、利央じゃん。
「――…準サン!!」
見慣れた姿が視界に入ったから手でも振ってやろうかと思ったら、やっぱりよく動かなかった。
けれど、わずかな動きを察知して利央が声をあげながらこちらへ走り寄ってくる。
「目、覚めたの!? よかった、いま人呼ぶから」
枕元にあったらしいブザーでナースコール。
看護師にしっかりと状況を説明する利央の様子を上目遣いでぼーっと眺めた。
……こいつこんなにオトナっぽかったか?

「すぐ来てくれるって。痛くない? 大丈夫? あー、もうホントよかった」
心底安心したように息を吐く利央の顔は真っ青だった。
けれど、これがどういう状況なのかまったく分からない自分にはイマイチその重大さが伝わらない。
「り おう」
声が掠れてる。どんだけ寝てたんだ。
「なに、俺なんでこんなんなってんだ?」
一言漏らすたび、酸素マスクの内側が白く曇る。
「え、覚えてない? 準サン交通事故にあったんだよ」
右手をとった利央は、その温かさを確かめるように両手で包み込んだ。
いつも子供体温な利央の手が、冷たい。
あー…、なに、やっぱりそんなに重症だったのかよ、俺。
それにしても交通事故? 覚えてねぇなあ。

その後、医者と看護士がやってきて血圧だの酸素濃度だの、意識がはっきりしてるかだの、散々弄られて質問されてどっと疲れた。
けど、そのおかげできちんと今の状況も説明してもらう事ができ、 医者たちの後ろでじっとこちらを見ていた利央の顔がなんとなく和らいだのがわかった。
いわく、利央との外出中に狭い繁華街の路地へ曲がってきたバイクと歩行者であった俺は衝突したらしい。
相手はスピード違反で警察に追われてた。
振り切ろうとしていたので、狭い路地でもスピードがでていた、と。
腹がじくじく痛むのは内臓出血していたのを開腹手術したからで、まあ、さいわいその他のケガは打ち身と擦り傷程度らしい、と。
言われて見れば、確かに利央と出かけた覚えはあるな。
そして医者と看護師が出て行ってすぐ、利央は再び傍らに寄ってきた。
「おばさんたち、もうすぐこっちの空港着く頃だと思うよ。よかった、準サン目ぇ覚めてくれてて」
そう、両親と弟は弟の大学春休みに合わせてヨーロッパへ旅行中だった。
呼び戻したのか。
まあそうだよな、息子こんなんじゃ。
「麻酔切れたでしょ? ホントに痛くない?」
心配そうに覗き込んでくる利央の顔が、真剣すぎて面白い。
腹がだるくていつもどおりに吹き出せないのが苦しい。
そんな自分の意思が伝わったのか、利央は「準サンは、もうっ」なんて言ってため息をつく。
でも、握った手をはなさないあたり、やっぱどーしようもねぇくらいアホでかわいい。


しばらく談笑したあたりで意識は再び遠くなった。
薬にそういうのでも入ってるんだろうか。
利央に告げて眠りにつき、起きると――やっぱり利央の姿はすぐそこにあった。
「……お前も寝てんのかよ」
椅子に座ったまま上半身を俺の寝ている毛布につっぷして、穏やかな寝息。
相変わらず掴まれたままの右手に被さる利央の腕から時計を確認して、あれから一時間も経っていない事を知る。
それにしても、手が冷たい。
病院内だからある程度暖房は入っているけれど、大丈夫なのか、こいつ。
思わず動けない体で何かないかと周りを見回すが、当然簡素な病室内にはなにもなかった。
いっそのこと声をかけて起こそうか、そう考えた時、再びドアが開いて看護師が様子を見に来た。
ちょうどいいと声をかけると、部屋の隅のロッカーから毛布を取り出して利央の肩にかけてくれる。
「多分眠いでしょうね。いっぱい血液取っちゃったから」
「え?」
「ごめんなさいね、今日は救急搬送多くて。ギリギリの量まで協力して貰ったの。体の大きい子で助かったわー」
話が見えていないことを察したのか、看護師は説明してくれた。

利央が、俺に輸血していたこと。

それもかなりギリギリの量まで。
そこではっとなる。
顔色が悪かったのは、俺のことを心配していたからだけじゃなかったのだと。
いつもの子供体温がなかったのも、それが理由なんだって。
「……ばかりおう」
点滴の交換の為に新しいものを持ちに行った看護師が出て行ったのを確認して、眠る利央の手を今入る全力の力でぎゅっと握る。

『準サンもO型なの? じゃあいつでも輸血できるじゃん!』
まだ部活を共にしていた頃、俺の血液型を知って利央は笑っていた。
『やった! やっと和サンには出来ないことみつけちゃった!』
続くその言葉に「馬鹿じゃねぇの」なんて当時の自分は返していたけれど……。
馬鹿なのは、自分だな。
気付きもしなかった、血が足りなくてふらついてたこいつの足元にも。
よかった、と笑ったあの顔にどんな気持ちが隠されていたのかも。
どれだけ自分が、こいつに大切に思われてるのかも。

「……和さんに代われないもの、お前はたくさん持ってるだろ」



晩冬の夜。
入り込むのは満月の月明かり。
眠る利央の頭にそれは浮かび上がる。
光で出来た銀色の冠。

いとし子の、証。







準太と利央の血液型を知ったら一度は思いつくだろうネタ。
振りの登場人物は全体的にO型多い気がします。
2010/10/09