*若紫*「最近、なんだか準サンが変」 朗らかな秋の日。ファストフード店のカウンターに肘をつきながらコーラをすすって、 友人は神妙そうな顔つきでそう言った。 眉間には皺。眉は寄せられながら垂れ下がり、滅多に見せない難しい顔。 「……どんな風に?」 隣に座った迅は、たいした興味もなく適当に相槌を打ちながらそれを聞いている。 最近、というならば利央の方だって準さん、準さんうるさい。 昔から仲がいいほうだとは思っていたけれど、ここ数週間ほどめっきりその単語が多くなってきていて 迅はそれをいぶかしむ。 「どんなって言われるとムズイんだけどォ。なんか、やったら口うるさいっていうか、構ってくるっていうか……」 利央の言葉に、迅も「ああ」となんとなく納得したように頷いた。 そう言われれば確かに、ここのところの準太にはどこかそんな節がある。 『利央、お前ちゃんと野菜も食えっつーの』 『おい、利央。それ行儀悪いからやめろ』 『てっめ、それはだめだっつーの!』 少し考えを巡らせただけで出てくる出てくる、そんな言葉のオンパレード。 どうしてこうも目につくのだろうと迅は思ったが、それは相手が準太だからだ、とすぐに気がついた。 普段他人の世話なんか焼かない彼が、最近利央にだけは口うるさい。 だからだ、と。 「もー、ホント毎日うるさい。何したいんだよ、あのひとー」 「……そんなの俺に言っても分かるわけねぇし」 ガリっと利央の口の中で氷が砕かれた。 イライラしてるようではある。けれど、それが『準太』に対してではない事を迅は何となく悟った。 「でも、イヤじゃなさそーじゃん、お前」 「はあ? なんで、ヤだよ。毎日口うるさいし面倒くさいじゃん」 何言ってんの、と体をこちらに反転させて抗議する利央に、迅は深いため息と共に視線を外してやる。 そして面倒くさそうに、力を入れていない曲がったままの指で利央の飲み物を指差す。 「それ」 「……コーラがなに?」 「ちげーよ、ストロー」 右手は頬杖、左手で指し示すのは利央の手元の紙コップ。 気だるげにまぶたを半分閉じ、こちらを呆れたように見てくる親友。 ますます分からない、と利央は困惑する。 「お前、まえは飲み口のとこ噛んでぐしゃぐしゃにしてたじゃん。いつの間にかその癖、直ってるし」 「……あ。ホントだ。あー…、そういえば昔注意されたような」 「な? 無意識のうちに直してるじゃん。注意したの準さんだろ」 「結構強く噛んでたし、歯の為にもあんまよくねぇなって思ってたけど……準さんも気になってたんだろな」 そう言葉にして、迅は気付いた。 他には世話なんて滅多に焼かない準太が利央にだけはそうしてしまう理由。 相手のことがよっぽど気になってなきゃ、口になんてださない。 それこそただの『友人』な自分が、いつも気にかかりながらも注意するまでに至らなかった理由。 口うるさくなるのは、それだけ相手を思っているから。 そうして迅は、ふともう一つ、思い出した。 それは昔古典で習った気がする、よく似たお話。 「なあ利央、紫の上って知ってるか?」 「ナニソレ、なんかの名前? 花っぽいような……」 「人の名前だっつーの。源氏物語とか中学でやってねぇ?」 「うちの教科書あれだった、かぐや姫。竹取のなんとかってヤツ」 竹取物語な、と訂正した迅はそうか知らないのかと、少し残念にも思う。 幼少の頃、光源氏に見出され、彼の理想の女性とされるべく様々な教育を施された女性。 時の人、光源氏の傍らにあれるという意味で幸せだったとされる彼女だが、現代的な価値観から見れば無理やりに 彼の理想を押し付けられ育てられたある意味可哀そうともいえる女性。 「……理想どおりに育てられる、か」 呟いた迅はカウンターのガラス窓越しにぼんやりと外を見つめた。 口を出して、世話を焼いて、準太はこれからも利央の傍にいるだろう。 「迅、それがどーしたの。紫のなんとかが、なに?」 相変わらずぼわんと広がる柔らかい髪を揺らして、利央は迅の肩を掴む。 相当気になるようで詰め寄ってくる彼に、迅は「うるせぇなあ」と一言。 「今度中学の時の教科書持って来てやるから、今日は面倒くせー」 ええー! と声を荒げた利央に自然と笑みが零れる。 でも、と先程一瞬よぎったマイナスな考えはあっけなく否定され、残るのは温かな感情。 準太のものは、計算されたそんな行動じゃない。 多分本人さえ気付いていない、無意識のうちの行動。 そしてそれは、純粋に利央のことを思っての行動だろうから。 (まあなんつーか、それすら無意識に計算されてたらどうしようもねぇんだけど) 梅雨の分厚い雲間からは一筋の雨上がりの光。 多分、利央はかいがいしく成長するだろう。 愛おしい、あの光のように。 世話を焼く彼も、焼かれる本人も無意識のまま。 ――みずみずしい若紫。誰よりも尊い人。
利央育成ゲームとかあったら破産するまで色々つぎ込みそうな私です。
……でもそんなことしなくても、利央は普通に『最上級』に育ってしまうんだろうなあ。 準さん、大事にしてやって下さい。 2010/07/11 |