*月下美人*ザシ、ザシ、ザシッ。 利央の前を歩く準太の足音が、凶暴に踏み鳴らされている。 その一歩一歩は重く、纏うオーラは不機嫌で、見えない顔はきっと歪んでいるに違いない。 「じゅ…じゅんちゃーん! まってよぉ!」 茜色の空の下、住宅街の細い路地に利央の声が木霊する。 大股で歩く準太との距離はどんどんひらいていって、殆んど小走り状態でいる利央は息が苦しかった。 「じゅんちゃーん。ねぇってば!」 音量を上げてもう一度名前を呼ぶと、ようやくのこと準太は立ち止る。 ムスッ。 けれど準太の顔は優れないまま。 チラリと利央を横目で見て、はぁ、とため息をつく。 「……和さんは『しょーねんだん』のれんしゅーなんでしょ。しょーがないよー」 上目で準太の顔色を窺いながら口を尖らす利央は、彼が自分を相手にしてくれないことに不満を覚え、「たまにはオレと二人でもいいじゃんか」とでも言いたそうだった。 「うるせーな! ついてくんな、アホりおう!」 覗き込むような利央の額を押しのけ、準太は再び背を向ける。 こんな攻防が既に小一時間。 普段から遊び回ってはいる利央だったが、流石にもう足も重い。 それでも準太を見捨てられず、もう何度目か分からない自分に向けられた背を追った。 この春、小学校に上がって2年目の和己は、地元の少年団チームに入って野球を習い始めた。 せっかくの休日の今日、そのおかげで遊びを断られてしまった準太は不機嫌極まりない。 その準太が和己自身に怒りを向けられないのもまた、利央にとって不幸であった。 「……じゅんちゃんっ! じゅんちゃんってば!」 「うるせー! ついてくんなって、なんかい言えばいいんだよ!」 先程の言い合いからどのくらいの時間がたっただろうか。 しばらく大人しかった利央が再び騒ぎ出して、準太のシャツの裾を引っ張った。 それを振りほどこうとして、準太ははっと気が付く。 その手が、必死に自分にすがり付こうとしていることに。 「……なんで、そんなカオしてんだよ」 「だ、って……。じゅんちゃん、ここ、ドコ」 「え?」 準太が驚きの表情を浮かべたその時、どこか物悲しい風が自分と利央の脇をすり抜けた。 同時に、いつの間にか空の茜は消え去り、群青の夜がやってきていることに気づく。 電信柱の街灯の下、やけに寂しくなった周りの様子に街外れだ、と準太は感じた。 いつもは車で通る場所。ほんのわずかだけ、記憶があった。 「……ねぇ、じゅんちゃん、ここ……」 不安でたまらないと言った顔で利央の揺れる瞳が自分を見ている。 しまったと準太は思った。 ――こんな遠い場所、帰り道は自分だって分からない。 準太の様子を利央も感じ取ったのだろうか。 裾を掴む手はいつの間にか両手へと変わり、俯いて肩を震わせる。 「ちょ……、ばか、りおう、なくな! おれがおこられるだろっ!」 「だって……、もう、かえれな…っ、ぅあ…」 本気で泣き始めた利央を見て、迷ったとは別の焦りが準太の生じた。 この幼馴染を弄り倒して泣かせるのはいつものことだが、こんな形で泣かせたことは過去に無い。 そう思うと、もうどうしていいのか分からなくなったのだ。 「んなことねーって! あー、そうだ、おもいだした、おれ、いつもここまできてるし!」 「っ、ほんと!?」 大きな目をさらに大きく開いて利央の泣き声は止まる。 かわりに『じゅんちゃん、スゴイ! カッコイイ!』というキラキラした視線で見つめられ、思わずでまかせを口にした準太は背中に嫌な汗が伝うのを感じる。 「お、おう。だからしんぱいすんな。ほら、かえろーぜ」 差し出した手はすぐさま利央に握られた。ぎゅうっと力のこめられた指先。 なんだか本当に、どうにかなるんじゃないかと準太は思った。 利央を泣かせない為に出た嘘も、多分きっと本当になる。 繋いだ手のひらから伝わる熱は、まるで自分を動かすエネルギーみたいだ。 (おまえといっしょで、よかったよ) 泣き虫で、ケンカも悪口も大嫌いで、いじめがいのある幼馴染。 でも、どうしてだろうか。 そんな利央が自分にとって力の源みたいに感じられるのは。 大好きな和己の為以上に力が出せると感じるのは。 「おー、りおう、月だぞ」 「ホントだ!」 人気の無い道。照らす月光。 ああ、やっぱり無事に見知った場所まで帰れそうだ。 自信なんてないけれど。 でも、隣にこいつがいる。一人じゃ、ないから――…。 * * * 「りおう、じゅんた君! 心配したのよ!」 「おかーさん! ただいま!」 「怖かったでしょう、こんな時間まで……」 「ヘーキだよ、だってじゅんちゃんといっしょだったから」 「まぁ!」 (バカりおう……。よけーなこと言うな!) あとがき
個人的な思いとして月下美人って準さんのためにある花だと思います。
準さんはキレイだったんだろーなぁ、ちっさい頃から。 利央については言葉にする必要なし! よし!(笑) 2009/08/01 |