*夕焼け空の下で*



西日の眩しさがことさら感じられるようになってきた晩秋。
今日も太陽は強烈な光を発して山肌に消え去ろうとしていた。
練習後の熱気をいつものように携え、部室内はざわめきに満ちている。
着替えの早い迅の横で、その半分のスピードで着替える利央はふと口を開いた。
「……オレ、催眠術でも習おうかなぁ」
唐突にそんなアホなことを言い出すのだから驚きだ。
しかも、女子に騒がれるつくりの良い顔が真剣そのもの。思わず噴出してしまいそうになり、迅は口元を必死で押さえる。
「おっま……なに馬鹿なこと言ってんだよ!」
どんなに押さえ込んでもひくひくと痙攣する頬が我ながら怪しいかもしれない。
利央の真剣な目を見てしまうと流石に堪えられないと感じ、迅は視線をそらせながらそんな事を思う。

「だって、あの人ぜんっぜんオレの言葉信用しないし。マジひでェ……」
口を尖らせる利央をようやくちらりと見やって、迅は深いため息をついた。
(っつーか、そういう子供みてーなトコが頼れねーんじゃねぇの?)
「ぜったいシンカーがいいよ、準サンは。なのにフォークだっつってゆずらねーんだもん」
「……そこは投手の意見聞いてやったら?」
「ダメ! フォーク多投は肘壊しやすいんだって。それに準サンは嫌だってゆうけどシンカー、キレがいいよ」
ああ、本当に子供のケンカみたいだ。
「あっそ。まぁ頑張れよー」
適当にあしらい、シャツのボタンを留める手を動かしながら、迅は利央にわからないようにもう一度ため息をつく。


夏が終わって早数ヶ月。
中学最後の試合を無事に終えた一つ上の3年生は今でも時々部活に顔を出す。
緩い部活だから顧問もあまりうるさいことは言わないし、むしろ後輩をしごきに来る上級生を快く思っているようだ。
当然利央が「あの人」と呼ぶ高瀬準太も、数人の仲間を連れて頻繁にやってくる。
その理由を「ブタにはなりたくねーな」などと茶化していたが、利央同様迅は本当の目的を知っていた。

変化球。

引退してから少しずつ、準太が硬球を使い始めているのは部内の暗黙の了解だ。
珍しいことではあるけれど、誰もそれについて非難することは無い。
野球を中学で終わりにする上級生が多い中、準太は絶対強豪と呼ばれる高校でも続けるだろうから。
(……でも、いまのまんまじゃうちの高校じゃ通用しないことを多分準さんが一番知ってる)
ようやく隣でシャツに袖を通した利央はまだぶぅぶぅと膨れている。
秋大会も終わった頃、監督の指導の下利央は週に2日、そんな準太に付き合っている。
毎回少しずつ投げられる様々な変化球。
その中から幾つかピックアップして冬中に磨くらしいが、その話し合いはいつも平行線。
(というよりも、利央の完敗だな)
アホなんだから準太に勝てるわけが無いのに、と思いつつ、迅は着替えを終了させてバタンとロッカーを閉める。
「わ、迅早すぎ! ちょっと待ってよ!」
ロッカーに片手をつきながら友人を見やって慌てた利央が非難の声を上げる。
「わーかったから、早くしろって! とろくさいんだよ、お前は」
そんなやり取りもいつも通りだ。
混雑している部室を嫌って、迅は「外で待つ」と伝えてその場を後にする。


景色が赤い。
遠くに見える山肌は見事な紅葉、見上げる空は秋を彩る茜色。
もうすぐこの景色も白と黒の殺風景なものに変わるのかなあ、と何となく思って迅は首にマフラーを巻く。
その背後で、じゃりっと石を踏みしめる誰かの足音がした。
「あれ、準さん。どうしたんスか、今日は参加日じゃなかったのに」
「ああ、委員会で遅くなったから何となく。あのアホ、まだいんのか?」
にぎやかな声が溢れる部室を首だけで見やり、準太が尋ねる。
それに迅は頷いて、先ほどのことを思い出しながら笑った。
「……あいつ、ちょうど今拗ねてますよ。例の変化球のことで」
部室の中でしたときと同じように口元を押さえた迅を、上着のポケットに手を突っ込んだままの準太はバツの悪そうな顔で眉を寄せる。
「シンカーなんて遅い球、投げてるこっちはコエーんだよ」
「……でも、利央はそれしかないって盲信してます。捕ってるときの利央の顔、準さん知らないワケ無いですよね」
いたずら心を持ちながら、可笑しそうに迅が笑う。
硬球用の完全防護のマスクの奥。
始めて見たときは思わず立ち尽くしてしまった。利央の気持ちも、準太の答えも自分は何となく知っていたけど。
それでもあんな顔、させてくれる相手がいるということはなんて幸せなことなんだろう。
(なんつーか、メロメロ?)
もう使うことも無いような死語がまさにぴったりだと思う。
とろけるような顔。甘いシュークリームのような表情。
シンカーをミットの中にキレイに収めたまま、利央は真っ直ぐそんな顔で準太を見つめていた。
「見てるこっちが恥ずかしいみたいな顔、確かに一球ごとにあんな顔されたら投げられないかも知れませんけど」
答えない準太を、少しだけ弄ってやる。
案の定準太はくるりと迅に背を向けて、気まずそうなそぶりを見せた。

「俺、用あるから先帰るんで、利央に言っておいて下さい」
さりげなく気を利かせ、迅は足早にそこを立ち去る。
裏門へ向かう途中、準太の「りーおーっ!」と怒鳴るような、けれどどこか優しさを持って呼ぶようなそんな声を背中越しに聞いた。
(……俺も、高校上がっても絶対野球続ける)
目を閉じ、そっと思い浮かべる。
にやける準太に弄られる利央、宥める和己。
そして少し離れた場所で傍観しながら笑う自分。
その周りに、まだ見ぬチームメイトを夢見ながら……。



夕焼けの赤と紫。
広いグラウンド。
マウンドに立つ準太の視線が、誰を向いていたのか、当事者ではないからこそ自分は知ってる。
けれど、その人の背を見つめる自分はその表情は知らない。
その顔を見られるのは、視線の先の彼だけの――特権だから。





あとがき

何故こんなに自分の中で準利が標準装備なのか…。
和さんどこに行ったんだよ、というお叱りはスルーです。ごめんなさい。
迅の誕生日に思いついた話なので迅視点っぽくしてみました。
ホントに、「こいつらなごむっつの!」な迅と利央も大好きです。
2008/09/20