*雪時雨*呼びかけては突き放し。 抱きしめては転ばせ。 それはまるで寄せては返す、さざ波。 目が覚めると、利央は準太の腕の中だった。 まっさらな白い壁に背を預けて、準太は正面のベランダの遙か遠くを見ている。 開かれながら投げ出された彼の足の間で、利央は寝てしまっていたのだ。 ぼんやりと利央は準太の顔を見上げる。 長い間、彼はその視線に気付かなかった。 虚空に彷徨う準太の意識を読み取った利央の胸の奥で、ツキンと鋭い氷が弾けた音がした。 冬の冷たい空気が、やけに肌に染み入る。 「準、サン…」 堪えきれずにこぼれた吐息は、知らずに彼の名前を呼んでいた。 かすかに震えた空気音に、準太は河岸の庭から戻ってきた。 切なく顔を歪めた利央の様子に驚いて、目を丸くする。 「どうした…?」 利央の肩を抱いていた両手が解かれて、彼の両頬に添えられる。 甘えるようにその手に擦り寄ってきた利央に、準太は静かに口角を上げて微笑んでやった。 「なんでもない。寒いね」 「ああ、雪…降ってきた」 右手でくしゃりと利央の髪を乱して、準太の視線は再びベランダの外へと移った。 その視線を追いかけて、利央も空を見上げた。 「ホントだ……」 銀灰色の雲一面。 優しく心に響くワルツを踊るように、大粒のボタン雪が舞っている。 雪が周りの音を全て吸い込んで、とてもとても穏やかだった。 このまま、自分の心も雪に埋もれてしまえばいいのにと、利央は思った。 切ない恋は、もう嫌だった。 張り裂けそうな痛みに、毎夜苛まれる事をもうやめたかった。 心が自分の傍に無い人を想い続けるのは、辛いから。 準太の手を、利央はそっと掴む。 指先は冬の大気に晒されて、冷たい。 暖めるように、ぎゅっと握り締めてもう一度目を閉じる。 準太の視線を、受けたくは無かった。 その視線は二人きりの時、いつも穏やかだ。 けれどそれが愛ではない事を、利央は知っていた。 例えば、綺麗に歌う籠の中のカナリヤを愛でるような。 そんな優柔不断な囁きに似ている。 自分の頭を撫でる手も、すこぶる優しいけれど。 それは労わりであって、愛じゃない。 この位置を抜け出したいと、あがいてあがいて……。 それでも、遙か遠くを見るこの人には自分は映らない。 「準サン、好きだよ」 呟いた利央の言葉に、準太はいつも答えない。 ただその髪を撫でるだけ。 「準サン、好きだよ…!」 準太の腰に手を回して、利央が叫ぶ。 目を開ければ、歪む準太の顔がそこにあった。 お互いに、切ない。 それなのにどうして、この関係をやめられないんだろう。 「準サン、ずっと隣にいさせて」 「――…ああ」 隣に、なんて今でもいないのに。 この言葉には、返事をする。 (準サンの、嘘つき) 窓の外には白い世界。 溶けてなくなりたいと、利央はもう一度思った。 あとがき
珍しく利央の片思い。
準さんの想い人は和さんでも慎吾さんでもお好きに想像してやって下さい。 でも、準さんも片思い。 2007/11/05 時雨) ・通り雨、降ったりやんだりする雨。 ・比喩的に涙を流すこと。 ・しきりに続くものの例え。 |