*「福音に抱かれる花と大地の涙」サンプル*

※ロザリオシリーズ12作目。利央高校3年生の夏から秋。
大学進学で東京に住み始めた準太と、そこへ度々遊びに行く利央。
過去のシリーズで呂佳から準太に対しての発言の真相と葛藤する準太のお話。
全体を通して暗めのシリアスなのでご注意下さい。






***

 真夏の野球場。三塁側スタンドの一角で今まさに腰を持ち上げる、二人の屈強な青年たちがいた。
「……決まったな。次は千朶だ」
 鍛えられた筋肉で足元の鞄を持ち上げ、男は昇降口へ歩を進める。その後を追って、無言のままもう一人――仲沢呂佳も階段手すりに指を伸ばした。
「残念だったな、呂佳。兄弟対決、ちょっと楽しみだったけど」
「うるせぇ。だいたい、どう考えても千朶相手なのは確実だっただろ」
 夏の甲子園をかけた、利央最後の県大会。春の甲子園に続き、今日も快勝して桐青高校の出場なるか。と新聞の見出しにもなった注目の試合は、延長の末、相手校に軍配が上がった。7月半ば。利央の高校野球は――いや、野球人生はベスト16という結果で幕を閉じた。
「……家帰ったら、弟と顔合わせるの気まずいんじゃね?」
「あ? んなことねぇよ。勝ってた方が色々突っかかってきてメンドクセェ」
 ふーん、と鼻で返事をしながら滝井はちらりと後ろを振り返った。言葉通り、呂佳は大して興味なさげにしている。
「この大会終わったらお前もシューショク活動するんだろ? 入学の時浪人してんだから、ちゃんと言い訳考えとけよー」
「……メンドクセ」
 吐き捨てるように呟いた呂佳と、駐車場まで今度は隣り合って歩く。本格的に監督業に絞る自分と違って、呂佳がチームに関わるのももうあと少し。この四年間、早かったなと振り返り、滝井はすっと足を止める。
「今まであんがとな、呂佳。でもお前、いい加減その夏ギライ、克服しろっての」
 毎年この時期は、やはりどうにも機嫌の冴えない悪友に滝井は苦笑する。あの夏、この男に与えられたトラウマはだいぶ和らいだようだけど、それでもまだ根強いのかと。どうしようも無い自分に少しだけ寂しさを感じながら。
「……これは野球と関係ねぇよ」
 滝井を無視し、呂佳はそのまま自分のバイクに向かって歩き続けた。
 待てよ、と追いかけながら滝井は顔をしかめた。
「夢見が悪ぃんだよ、この時期は」
 フルフェイスのヘルメットを装着しながら、呂佳は忌々しそうにそう呟いた。メットの向こうに見える目元には深々と皺が刻まれ、呂佳の心情を物語っている。
 滝井にはその理由は分からなかった。そして「はあ?」という彼の疑問符を遮って呂佳の携帯が震える。
「……メールか?」
「和己。アメリカ行くんだとよ、留学で。生意気に出発日知らせてきやがった。大会中だから見送りはいいとかなんとか。そもそも行かねぇっつーの」
「あー、えーと。ああ、後輩か。桐青の河合元キャプテンなー。あーいう捕手、来年こそうちに入学してこねーかな」
 ばちんと乱暴に携帯を閉じて、呂佳はさっさとエンジンをふかす。「早くしろ」と目配せし、先程の不都合な話題を滝井に完全に忘れさせた。
「ちょ、待てって。まだメット被ってねぇよ」
 やがて遠ざかるエンジン音。夜毎の悪夢を振り切るように、呂佳はタイヤを走らせた――…。




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