*「聖杯に天空からの祝福を」サンプル*
※ロザリオシリーズ11作目。利央中学一年生の秋〜翌春。
付き合い始めたから間もなくの準利。
どうしても先に進みたくなってしまう準太と、それを無意識に怖がってしまう利央。
二人の『初めて』までのお話です。
「……ただいまーっ!」
家族の誰も帰ってきていないのを承知で、利央はそれでも声を上げる。母は町内会の行事の関係で公民館へ、父は仕事、兄は部活。
案の定静まり返った玄関で靴を脱ぎ、パチパチと廊下とリビングの電気を続けて点けたところで、階上の自室から派手な着信音が聞こえてきた。
「あわわ、ちょ、ちょっと待って!」
盛大に独り言が零れる。制服のネクタイを緩める暇もなく二階へ駆け上がった利央は、乱暴にドアを開けて中へ入った。
ほんの二週間前、十三の誕生日と共に買い与えられたそれはまだ真新しい。表にも裏にも傷一つないネイビーブラックの携帯電話。
扱いなれていないその重さに慌てつつ、利央は聞こえてくる声に期待して耳をあてる。
「も、もしもしっ!」
裏返った利央の応対の声に、電話の向こうから噴出す笑い声が聞こえた。
『お前、何そんな慌ててんだよ。なに、ケータイまだ慣れねぇの?』
携帯を通して聞こえてくる彼の声は、いつもよりほんの少し低く耳に響く気がする。笑われた事に恥ずかしさを感じて、利央は向こうから見えないのをいいことに少し頬を膨らませてみる。
(慣れてないよ、そりゃ。メール打つのだってまだ遅いしー)
「……なんのようですかー」
棒読みでむくれているのを相手に伝える。それに再び準太は笑ったようだった。
『何って、帰ってきたから電話してんだろ。土産、いらねーのかよ』
「あ、ウソ。欲しい! 準サンお帰り!」
一転声を明るくして、電話を握りなおした利央が言う。お帰り、の挨拶に気を好くしたらしい準太は「じゃあ今から寄るから」とだけ告げて早々に電話を切った。その音を確認しながら、利央の顔も知らずに緩む。
桐青中学の修学旅行は早い。毎年二学年の秋に京都と奈良へ三泊。どうやら、三学年は受験にしっかり備えなさい、という指針なのだという。
例に漏れず準太たちも今年、無事に出発、そして先程の電話の通りだと帰校したらしい。
(なんだ、もうちょっと学校で待ってたらバス帰ってきてたんじゃん)
私服に袖を通しながら利央はそう思った。どうやら、ちょうど入れ違いになったらしい。けれど、帰りがけチームメイトに誘われた買い物に付き合わなくて正解だった。もし帰ってくるのが少しでも遅れていたら、準太からの電話には出られなかっただろうから。
自転車を降りるような軽い金属音がして、利央はリビングのソファから立ち上がった。玄関と繋がる廊下へ足を踏み入れたその頃、タイミング良く呼び鈴が鳴って、ああやっぱりあの人だと笑みが零れる。
「いらっしゃい、準サン。開いてるよー」
曇りガラスの向こうで動く影に声をかければ、四日ぶりに見る涼やかな彼の顔。
「ちーす。あれ、なにお前だけ?」
普段よりも靴の数が少ない事に一瞬で気付いた準太が聞いてくる。
「うん、そお。あと一時間くらいは帰ってこないんじゃないかな」
用意しておいた缶ジュースを両手で一本ずつ摘んで、自室に上がりながら利央も答える。「ふぅん」と答えた準太がどこか嬉しそうな、でも困ったような顔をしたが、前を歩く利央は知る由も無い。
「修学旅行どうだった?」
小さなテーブルに持ってきたジュースを置いて、準太の隣に座った利央は当たり障りない質問を彼に投げかけた。準太からの返答も「まあまあ」とか「旅館は広いトコだった」とか平凡なもの。けれどそんな平凡が二人には嬉しかった。重要なのは『修学旅行のお土産話』ではないから。何よりも好きな人と共にいるという空間が大切なのだ。