*夕暮れ花吹雪*11月7日。 毎年のんびり過ぎてゆくはずの一日は、今年はやけに忙しかった。 「りおー、なあこれ6番テーブル、早く運んでくれー」 「ああっ、待て待て、ついでにこっち! この飲み物2番な」 騒がしい教室、慌しい声。 サテン素材の布で飾られた窓際と、レースのテーブルかけが目に眩しい。 そう、一年に一度の今日、利央の誕生日は桐青高校文化祭とばっちり日程が重なってしまったのだ。 「はいはーい、ミルクティホットで2つ、あとプレーンドーナツのセット、5番だかんね!」 優しいオレンジのシャツに黒いスラックス。腰から下ろした短めの半エプロンを蹴り上げて、利央はそれほど広くない教室内を駆け回った。 利央のクラスの出し物は定番の喫茶店。 女子も男子もカフェスタイルに着替えて接客中だ。普通の店と違うのはシャツの色が一人ひとり違う事だけ。 利央を含め、当日の活躍組は運動部が多い。というのも、準備期間中は部活が忙しくて手伝えない事が多いからだ。 事前準備を手伝えなかった分、当日は頑張って働く。運動部はどこの部も、多分みんなこんな感じだろう。 「よー、利央。頑張ってるかー」 午後2時を過ぎて、ほんの少しだけ手が空きはじめた頃、まるでそれを見計らったかのようにとある先輩が顔を見せた。 入り口から顔だけを覗かせて、相変わらず眠そうなのにどこか鋭い、そんな目を利央に向ける。 「あ、慎吾サン。もー、さっきまでスゲー忙しかった!」 「ははっ、今年は王道の喫茶関連少ねーからなー。……なんだよ、意外に似合ってんのな」 ウエイター姿の利央を上から下までしげしげと眺め、慎吾は笑う。 利央はそれに「まあね」なんて曖昧に答え、「なんか飲む?」とちょうど開いていた奥のテーブルに目配せした。 「いや、おれこれから当番なんだよな。屋外で焼きソバ出してっから、お前も暇あったら来いよ」 「うっす、じゃあ慎吾サンおごってよねー」 「何で俺がお前におごらなきゃならないのかな、利央君?」 着替えの際女子によって結ばれた前髪の為、露わになっていた額を慎吾がごん、とこぶしで小突く。 手加減のないその行動に、利央は非難の目を向けた。 「えー、だってオレ、今日誕生日なのにー。ねー、慎吾サン」 「はいはい、知ってるっつーの。冗談だよ、冗談」 冗談にしては痛かったんだけど、とむくれる利央に、慎吾は胸ポケットから屋台のタダ券を差し出した。 「え、くれんの? やった! しかもこれ、特盛り用じゃん!」 「だから知ってるって言っただろ? 誕生日、祝ってやるよ」 満面の笑みのままチケットを受け取って、利央は気付く。 ああ、このためにわざわざ室内、それも一年の教室のある四階まで上って来てくれたのか、と。 「あざーっす! 後で絶対行くんで、お願いします!」 頭を下げる利央に後ろ手で挨拶をして慎吾はその場を後にした。 朝も和己やら迅やらクラスメイトに祝われたけど、慎吾のこの気遣いも利央には殊更嬉しく感じられたのだ。 (慎吾サンもさー、こういうとこ案外ちゃんとしてて優しいよねー) その背中が階段に続く曲がり角吸い込まれ、利央はくるりと教室内へ向き直る。 「利央、ほらちゃんと働けよー」 そうしてレンジ前でスコーンを暖めている友人から一声がかかり、また慌しさへ戻る事になるのだった。 *** 文化祭も終わりの時間にほど近くなった頃、利央はようやく接客当番から開放された。 約束どおり受け取ったタダ券と特盛り焼きソバを慎吾の元で引き換えた利央は、その足で伝統ある古びた講堂へ向かう。 多分このまま行けば、最後の公演に間に合うはずだった。 (準サンのクラス、出し物演劇なんだよね、確か若草物語かなんかだったような……?) 劇、とはいってももちろん準太が出演しているわけではない。 部活に精を出すエースに劇の練習なんてそんな余裕はなく、聞いた話だと家で効果音の編集を手伝った程度らしい。 チケットを購入して、そっと入り口のドアをスライドする。予想通り、丁度劇が始まるところだった。 視聴覚室でも人気の出し物をしているせいか、おもったより人は少ない。 (……若草物語だもんなー。これでせめてオーロラ姫とかやったら、もうちょっと人来たかもね) もちろん、最後のキスシーン目当てに、だ。 そんな話を部活の合間にすれば、傍若無人な我が野球部のエースは「嫌だね、俺が選ばれるだろ」などといとも簡単に言い放った。 実際、劇の投票でははじめ白雪姫が予定されていて、さらに準太は王子に推されていたらしいのだが。 (部活があるから練習できない、って準サンが断ったんだよねー、ホント先生とか困っただろうなー) 真ん中やや後ろの席に空きを見つけ、利央はそこに腰を下ろす。 黄色に青に、薄いオレンジ。スポットライトがキラキラ光り、舞台は綺麗だった。 だが、そんな感動も始めの十分にも満たない間だけ。 朝からはりきって働いていたためか、しだいに心地よい睡魔が利央を襲い始め、彼の意識を奪ってゆく。 せめて準太の作ったという効果音くらい、聞いていたいのだが――…。 うっすらと目を閉じたのが運のつき。 急激に勢力を増した眠気は利央に抗う事を許さず、そのまま深い水底へと彼の意識を連れ去っていった――。 目の前が暗闇に支配されて、一体どのくらいの時間が過ぎただろうか。 未だ意識のない利央の覚醒を、鼻をくすぐるような何かの香りが呼びかけるように促した。 「……あれ」 うっすらと目を開けると、辺りに人の気配を感じない。 利央は一瞬自分がどこにいるのか忘れて、慌ててその場から飛び起きる。 サララッ。 途端、もう随分と傾いた夕日に照らされて体から何か細かなものが滑り落ちる気配を感じた。 「なにこれ――、わっ! 花じゃん、なんでっ?」 がらんとした講堂内。舞台の上の大道具も背景も全てが片付けられており、パイプ椅子だけが静かに鎮座している。 そうして眠りこけた自分の周りには、まるで敷き詰められるように大量の花が飾られていた。 薄桃、黄色、鮮やかな赤、密やかな白。 それは体を起こすごとに自分の上から床へと流れ落ちていく。 「な、なんなの?」 とりあえず自分が眠っている間に劇は終わり、しかも片付けさえ終了しているようだ。 かなり大きな音もしただろうに、目覚めなかった自分がなんだか恥ずかしい。よほど熟睡していたようだ。 「アホ、やっと起きたのかよ」 混乱する利央の背後で、ようやく人の気配がした。それも一番、自分が聞きなれた人の声と共に。 「じゅ、準サン、これなんなの?」 現れた人はゆっくりと利央の隣に回りこみ、パイプ椅子から上半身を起こしたばかりの利央の肩を、ふたたびそこへ押し戻す。 「ちょっと……、ねぇったら!」 「打ち上げで貰った花だよ。スゲー大量に貰って教室にも飾りきれねーからって俺が引き取った」 「引き取ったって……、こんなイタズラに使わないでいいじゃん!」 眠りこけた自分を脅かすために、わざわざこんな手の込んだ事をして。 さすがにちょっとやりすぎじゃないだろうか。花だって、せっかくのものなのにもったいない。 「イタズラ……ねぇ」 準太の眉が、一瞬だけ不機嫌に歪んだ気がした。 けれど利央がそれを見たのは本当に一瞬だけ。なぜなら、次の瞬間には彼の左手が自分の目元をすっぽりと覆ってしまったから。 「ちょ……、さっきからなんなの!」 準太の手に自分の手を引っ掛けてそれを外そうとするが、この半分寝かされたような体勢では上手くいかない。 再び闇に染まった視界。ほんの僅か、目の前の人物が屈んで自分に近づいた気配を感じた。 「もうちょっと寝ててもいいんじゃね?」 本当にこの人はさっきから一体何を言ってるのか――、利央が抗議の声を上げようとしたその時。 唇に柔らかな感触。 楽しむように何度かその場で往復し、そして放される瞬間……僅かに気付いた吐息。 触れたものが準太の唇だと分かり、利央は慌てて飛び起きる。 「え、な、ななななな……!!」 「おもしれーカオ。どうみても、お姫様じゃねーよなぁ?」 意地悪く笑う準太に、利央の頬は真っ赤に染まった。 なんという、なんというイタズラだろう! 準太は初めからこうするつもりだったのだ。まさに自分を眠り姫に見立てて――初めから! 「……ホントお前、単純だよな。コレでホントにいっこ年とったのかよ」 正面で自分を見下ろして不適に笑う準太。 口を押さえ、ただ固まる利央。 そんな利央の髪に準太はそっと手を伸ばす。 そうして、いまだ真っ赤になったまま何も言えないでいる彼のそこに、薄く色づくバラを飾ってやったのだ。 「お誕生日、おめでとうございます、お姫様?」 冗談めかした、彼らしくない言葉と共に。 けれどそのまま撫でられた手が優しい事は、利央も知っていたから。 顔を歪めて、目の前の制服に抱きついた。 とある秋の日、花舞う夕暮れ。 君、ほのかに薫る。
珍しー!準さんがとっても余裕!(笑)
え、前半の慎吾さん、いらないんじゃないかって? すみません、出したかったんです、どうしても!! 利央、いっぱいいっぱい愛されて今年一年、また幸せであれ! 2009/11/07 |