*宵闇詞華を囁いて*朝もや抜けぬ、グラウンド。 全体整備を終えた利央は、迅と連れ添って軽いストレッチに移った。 練習開始時刻まであと10分。 低い気温に同調するように重いままの瞼を、何とか起こさなければならない。 「オマエ、まだ寝てるだろ。しゃんとしねーと、ケガするぞ」 利央は背中を押されながら迅の小言を聞いた気がしたが、 先程見渡したグラウンドに目的の人物が見当たらず一瞬意識が飛んでいたので、それは右から左に流れてしまった。 「ねぇ、迅。練習、もう始まるよね?」 「あ? まぁ、監督ももうすぐ来るんじゃねー?」 そうだよねぇ、と生返事をする利央の寝癖の付いた髪の毛を迅は見つめた。 登校してきた瞬間から部員達にかわるがわる今日という日を祝われてはいたが、やはり利央の一番は『彼』なのだ。 部室のある方角を何度も振り返っては、彼の到着を今か今かと待っている。 その様子に、迅は馬鹿正直な奴だと呆れる。 普段からどこか抜けている性格なのは否めないが、こと彼に関してはまるで尻尾をはちきれんばかりに振る犬だ。 ひょろ高い体格と、色素の薄い浮遊する髪が、よりいっそうそのイメージを確立させる。 (あーあ、せっかく誕生日なんだから、髪の毛くらいちゃんとしてこいよなー) 気付けば思わず手が伸びていて、迅は手早くその揺れる髪の毛を直してやった。 急に頭に触られた利央はびくりと背を引きつらせたが、迅の行動を理解するとアリガトウ、と礼を言いながら迅と交代する為に立ち上がる。 「準さんがこんなに遅いなんて、珍しいな」 背中を押されるのが迅に変わった所で、彼が口を開いた。 「うん。……って、迅、何でわかったの?」 「オマエが物足りなさそうな顔してたから」 分かりやすすぎるんだよ、とあっさり言い放され、利央は頬を膨らませた。 「どうせ単純だよ」 「そんくらいでむくれんなよな。ほら、監督来たぞ」 視界の端に監督の姿を見つけて、迅は腰を上げた。周りでもチームメイト達が次々にアップを中断して立ち上がり、利央は慌てる。 「嘘、準サン遅刻じゃん! 怒られちゃう」 準太は確かに朝が苦手な方だったが、練習に遅れることなど滅多に無い。 珍しい事件にふと隣を見れば、迅も多少驚いた表情で立っていた。 やがて監督が定位置であるベンチ前に到着すると、新主将となったタケから集合の声がかかった。 三年生が引退してから早4ヶ月あまり。 人数は幾らか少なくなったものの、大所帯には変わりない。 何十人もの返事が青空に吸い込まれ、一斉に走り出す姿は壮観としか言いようがなかった。 いつもと同じように、監督の前へ整列する。 利央も一抹の不安を抱えながら、輪の後列へ並ぶ。 集まった部員を見渡した監督は、タケに言伝をしてベンチの中央にどっかりと座り込んだ。 準太が未だ現れないことを利央は自分のことのように気にしたが、続いて発せられたタケの言葉に心底驚く。 「――朝練習欠席は、高瀬と村中。見学は秋津、以上」 恒例の事務連絡と確認だったが、利央にとっては強い衝撃だ。 一体何があったのかと、途端に心配になる。 監督の話の後、練習は開始された。 順当にそれをこなす利央だったが、不安は消えない。 (準サン、オレに連絡くれてない…) 着替えのあと、友人達からの誕生日を祝うメールを心躍らせながら読んでいた。 グラウンドに出るギリギリまでそれを行っていたのだから、見落としたはずはないのだ。 「利央、準さんは風邪ひいて熱出したみたいだぞ」 「迅…」 調子の上がらない利央を気遣って、迅はタケに聞いた事実を伝えた。 「だから練習に気合入れろって、タケさん怒ってたぞ」 迅の言葉にバッティング練習が行われている場所を見れば、列に並ぶタケと目が合った。 鋭い視線に、迅の言葉が嘘ではないと知る。 野球に対して妥協を許さないキャプテンの目から、逃れるのは不可能だったらしい。 逆に言えば、大所帯のこの部員に均等に目を張っているということで。 桐青高校新主将も、もうそろそろ立派に慣れているようだった。 優秀なキャプテンに、二人は敬愛の眼差しでその視線を受けた。 「ん。放課後準サン家、行ってくる」 「…時間遅いし、大丈夫か?」 「平気。水曜日、準サンの家誰もいないんだよ。熱ある時って心細いでしょ。 一応電話は入れとく」 ふぅん、と返事をして迅は自分の練習場所に戻った。 利央も両頬をぱちんと叩いて、気合を入れなおす。秋大でレギュラーを掴んだとはいっても、すぐ横に並ぶライバルはたくさんいる。 遅れを取るわけにはいかないのだから。 宵闇の中を、秋の風が切り裂いて進む。 赤やオレンジに色づいた木々は闇夜の藍に上塗りされてあまり確認できないが、そこら中に秋の気配が溢れていた。 11月とはいえ、今年はまだまだ日中暖かい日が続いているものの、朝晩の冷え込みは激しい。 日が落ちてしまったことで途端に身震いする寒さが利央の体を襲って、彼は鞄に入れておいた練習用の上着を羽織った。 自転車を準太の家の方向に向けて、ペダルを目いっぱい踏み込む。 同時に取り出した携帯でリダイヤルを押すと、すぐに呼び出し音が利央の耳に響いた。 『……んだよ』 相手の第一声は思ったよりも不機嫌だった。 昼間、どうしても様子が知りたくて電話したときよりは幾らか回復したらしい声は、まだ幾分かすれている。 「準サン、今そっち向かってるからね。あと10分くらいで着くよ?」 『来んな、って昼間も言っただろ。うつったら笑えねぇぞ』 「だって心配だもん。準サン家、まだ誰も帰ってきてないでしょ」 一瞬の沈黙があった。否定しない所と、準太の息遣いすら聞こえてきそうなほどの沈黙が胸に痛い。 「……行くから!」 『怒鳴るなアホ。頭に響く……』 弱々しく返事を返した準太は、今度は断らなかった。 はっきりイエスの返事が貰えたわけではなかったが、 利央はこれが準太の承諾の仕方だと知っていたので気にすることなく自転車のスピードを上げた。 準太の家は、不気味なほど静まり返っていた。 いつも遊びにいくときとは違い、温かい外灯が自分を出迎えることもなく、その静けさに利央は驚く。 無意識に表札を確認すれば、確かに高瀬の二文字。 「お邪魔しマース……」 暗い玄関を抜けて、脇に見える階段を慣れた足取りで昇ってゆく。 一番奥の部屋の前で立ち止まって、軽くノック。 返事はない。 「準サン、入るよ」 一言掛けて、遠慮なく足を踏み入れた利央は、電気の付けられている部屋に安心した。 静かすぎる家は、暗いというそれだけで何処か恐怖を覚えるから。 「準サン? 寝てるの?」 ベッドの上でこんもりと毛布が山になっている。 微動だにしない準太が心配になって、利央が上からその様子を覗き込むと、準太が体をよじる。 「近づくな。うつんだろ」 「だって」 「うるさい」 一喝されて、利央はしぶしぶと一歩下がる。 クッションを胸に抱えて、その場に大人しく座った。 「心配したよ、準サン。いきなり練習休むんだもん」 体が辛いのか、それとも利央を遠ざけようとしてるのか、準太は返事をしない。 なんだか虚しくなってしまって、利央はせっかくお見舞いに来たのに、と消え入りそうな声で呟く。 「ねぇ、準サン……」 弱々しい呼びかけを最後に、利央は膝を抱えてしまった。 そんな利央の様子を気配を消して窺っていた準太は、やがて諦めたようにため息をついて上半身を起す。 「利央」 やっと呼ばれた自分の名に、利央は勢い良く頭を上げた。 やや髪を乱したジャージ姿の準太が、ちょいちょいと指だけで自分を呼んでいる。 首をかしげながら立ち上がった利央は、そのまま彼に歩み寄った。 「帰らなかったお前が悪いんだからな」 その言葉の意味を理解する間もなく、腕を引かれて利央は唇を塞がれた。 重なったのはほてった熱。 準太の唇だった。 「準サン!」 「明日はお前が風邪っぴき」 照れ隠しに冗談を呟いて、準太はそのまま利央を抱きしめた。 自然に、利央の膝が折れてベッド上の準太と目線が同じになる。 「……誕生日、おめでとう」 耳元で囁かれた言葉がくすぐったい。 今日一日、ずっと待っていた言葉。最上級のお祝いの言葉。 「これで準サンと、ちょっとだけ同じ年になれたよ」 「三ヶ月だけな」 皮肉めいた準太の笑い方に、利央はそれでも嬉しいと素直に伝える。 そうすれば、準太の耳はかすかに赤みを増す。熱だけのせいではなかった。 「利央、机の上の包み、持って来い」 両手に丁度収まるサイズの包みは、ふわふわと軽い。 丁寧に施されたラッピングで、自分へのプレゼントだと予想した利央は、準太に承諾を取るとリボンを優しく解いた。 「うわ」 現れたのは、種類の違う二種類の毛糸で編まれたマフラーだった。 えんじとからし色のコントラストが、ちょうど今の時期の紅葉を思い浮かばせるようで、利央は感嘆の声を上げる。 「……最後まで、紺のやつと迷ったんだ。そっちで良かったか?」 「準サン、アリガトウ!」 迷った、という言葉が嬉しかった。 自分のプレゼントの為に悩んでくれたのが、こんなにも弾む気持ちになるなんて。 思わず抱きついてきた利央を両手で抱きとめた準太は、そのままベッドに倒れこむ。 互いに額をつき合わせて、幸せそうに微笑んだ。 ――そのプレゼントを、日の暮れた商店街で凍える気温の中選び歩いていて風邪をひいたなんて、とても言えないけれど。 (かっこわりぃし、こいつに余計な罪悪感、残るだろうし) この温かさで満足できるから。 世界で一番の、祝福を君に。 あとがき
という訳で、利央お誕生日お祝いSSでした。
何とか、当日中に更新間に合いました、か? 滑り込みセーフですか? そこはかとなくRJぽいですが、本人バリバリJRのつもりで書いておりますv 幸せなお誕生日でありますように! 利央、本当におめでとう! 2007/11/07 |