*せいなるよるのこもりうた*(JR・ちったいたん番外編3)*** 「じゅんたー、お前今日ヒマだろ? 今から皆で街うろつくけど、お前もこねぇ?」 年内の大学講義を全て終え、サークルの集まりに顔を出した俺は、帰り際仲間にそう声をかけられる。 「あー…、パス。用事あんだよ、今年は」 ドアノブに手をかけたまま、首だけで振り向いて無表情で返事。それにぽかんとした様子で、まだ部屋にたむろしている仲間達は口をあけて俺を見ていた。 「え、お前まさか……、女できたのか!」 「なにぃ、バカ言うな。高瀬なんかにそんなことあってたまるかよ!」 俺の返事も待たないで、仲間は勝手に騒ぎ立てている。 大げさな身振りで悔しがる奴らを俺は若干冷めた目で見やった。そのあまりにも情けない様子に思わずため息も出てくるというものだ。 いくら工業系の大学で女子が少ないからって、飢えすぎだろ、お前ら。 「家の用事だよ、アホ」 「んだよー、期待したじゃねぇか。しっかし、せっかくのクリスマスに家の用事? なんか今年は随分じゃん、お前」 同意の意味で軽く頷き、俺は握ったままだったドアノブを今度こそまわした。 せっかくのクリスマスに? まあ、確かにそうだよな。実際俺もクリスマスに家族と過ごすなんてここ数年とんとなかった。でも、今年は特別なんだ。 「じゃーな。また年明けに」 「おー、いい年をなー」 お決まりの社交辞令の後、踏み出す足。一桁台の数字の示す通り凍える寒さ。白く曇った息をマフラーに絡ませて俺は大学を後にする。 もうすぐ夕方。約束の時間だった。 「帰ったぞー」 「じゅんちゃー!!」 すっかり冷えてしまった指先で自宅の玄関を開けると、聞きなれた声と共にドドドドド…という効果音が聞こえてきた。 ボールみたいにそのちいさな体を弾ませて、今年の春からうちに加わった新しい家族が俺を出迎える。 「じゅんちゃ、おかえりなさい!」 「ただいま、りおう」 足元に駆け寄ってきた子供を軽く抱き上げる。もうそろそろ両手じゃないとちゃんと支えられない。 「じゅんちゃ、つめたい」 伸ばされた手がぺたりと俺の頬を触った。一瞬その冷たさに顔を歪めた利央は、けれど次の瞬間には真剣そうな表情に変わって、まるで温めるみたいにそのちいさな手で俺の両頬を包み込む。 「あったけーな、おい」 いつもと変わらないその歓迎ぶりが嬉しくて思わず触られたままの頬が緩んだ瞬間、一足先に帰っていたらしい弟に、それを目撃された。 「あー、兄貴が笑ってら。相変わらずりおうだけには甘いよなー」 にやり、なんて意地悪そうに片方の口角を上げ、弟の智也はリビングから顔を出す。実の弟は小さな頃から虐め倒した覚えしかない俺は、それに少しだけ苦笑いして「それはお前もだろーが」と返してやった。 「はは。早く来いよ兄貴。今日外寒かっただろ?」 頷いてリビングに移動する。途端、キッチンから流れてくる甘いにおいに気がついた。 「母さんがケーキ焼いてんだ。……失敗しなきゃいいけど」 軽く目配せしながら、弟がそっと耳打ちする。 そりゃまた珍しい。凝った料理なんて滅多に作らないのに。やっぱりあれか、クリスマス、それも利央がいるから張り切ってやがんのか。 「とーもーやー? 母さん、今何か聞こえちゃったなー?」 「うっわ、さすが地獄耳。いーからさあ、ちゃんと食える物作ってよ」 リビングとキッチンでは親子二人の憎まれ口合戦が始まった。 そんな二人を尻目に、俺はカーペットの上に利央を降ろしてソファに座って何か作業をしている親父に声をかける。 「ああ、お帰り。準太」 「なんだ、これ。……オルゴール?」 父親の手元には、手のひらより一回り大きいくらいの白い箱があった。小さな部品がその周りを埋め、どうやら組み立てている最中らしい。 「覚えてないか? お前が小さい頃、寝かしつけるのによく使ったんだ。物置で見つけたんだが、壊れてるみたいでな」 それで修理中、と。しっかし、まあ。太い指にその小さい部品はどうやっても不釣合いじゃね? そんな予想通り、どちらかといえば器用な部類に入る父親が悪戦苦闘している。おいおい、自分の息子が何の大学に通ってると思ってるんだ。 「……貸せよ」 暫くの傍観の後、自然にそんな声が漏れた。テーブルの前に座って、うんうん唸っている父親からそれを攫う。 「じゅんちゃ、なに?」 「オルゴールだとさ。直すからちょっと待ってろ」 かちゃかちゃ俺の手の中で音をたてるそれに興味があるのか、利央が横から覗き込む。そして遠慮なく胡坐をかく俺の膝の上に乗ってきた。 それから十分はたっただろうか。気がつけば甘いケーキの匂いに混ざって鳥の肉が焼ける、香ばしい香りが漂ってきていた。 手元のオルゴールはようやく完成。修理中ずっと俺の手元に見入っていたらしい利央は、ぱたん、と綺麗に閉じられた白い箱に目を輝かせる。 「お、さすがだな、じゅんた」 「大学二年目だし、これくらいできるっつーの」 さて、そうは言ったものの随分と古い部品が多かった。きちんと動いてくれるのか若干不安に思いながら、箱の側面につくゼンマイをキリキリと何度か回す。 ――…♪~♫♬~♩♩♪ 鳴った。 先程父親は小さかった俺をこれで寝かしつけていたというが、確かにこのメロディには聞き覚えがある。 ああ確か、曲名は――。 「おお、『諸人こぞりて』じゃん」 口を挟んできたのは弟。両手には完成したらしい料理の皿を持っている。どうやら、母親に手伝わされているらしい。 「もろびと、こぞりて!」 膝の間で箱に手をやって、利央は嬉しそうにその曲名を繰り返した。そして、突然に歌い始めるものだから、俺は心底驚いて思わず顎のすぐ下にある利央の頭に手をおいてしまう。 「りおう、お前歌えるのか?」 「にいちゃと、うたった!」 ああ、呂佳と。 そういえば、たしかクリスチャンだって聞いたな、こいつの家。 嬉しそうに振り向いて、利央はなおもオルゴールに夢中だ。そんなに気に入ったのなら、まあ直した甲斐もあっただろうか。 「クリスマスにはちょうどいいじゃないの。さあ、準太も手伝ってよ」 弟に続いて、母親もリビングへやってきた。気合を入れたであろうシフォンケーキを手に持って。 ……ん? 「もう食うのかよ。教会行くんじゃねぇの?」 予定では確か教会行って、お決まりのアレに参加して、帰ってきて夕飯、だったはず。だからこそサークル仲間の誘いも断って早めに帰宅したのだが。 「ああ、そうしようかと思ったんだけど……。ちょっとね、りおう君朝から鼻水でちゃって。今インフルエンザも流行ってるし、ちょっと見合わせようと思うの」 ケーキの皿を目の前に置いて、母親はとんでもない事を口走った。 げっ。 思わずそんな声をだせば、弟が「どしたの、兄貴」なんて無邪気に聞いてくる。 「どうしたもこうしたも、俺、クリスマスプレゼント買ってねーよ。外出るんなら、ついでに店寄ってりおうに直接選ばせりゃいいと思って」 呆然とする俺を弟は笑い飛ばした。母親も呆れ顔で「馬鹿ねぇ」なんてため息をついている。そのバカはお前の息子だっつーの。 「……サイアク」 思わず不機嫌になって呟いた言葉を、利央は重く受け止めたらしい。何も悪くは無いのに「じゅんちゃ、ごめんなさい」と謝ってくるのだからたまらない。 「お前は悪くねぇよ。あー、でもプレゼント……、どうすっかな」 「しょうがないじゃないの。りおう君、明日でもいい?その分私たちのはちゃんとあるから」 母親の言葉に力強く頷いて、利央は笑った。そんな様子になんだかますます罪悪感。こんなことなら、大学からの帰り道でちゃんと買えば良かったと思う。 「ま、とにかく始めましょ。ほら、ケーキ、焦げなかったんだからりっぱなものでしょ?」 自慢げに母親が見せるシフォンケーキ。いや、普通クリスマスに手作りって言ったらちゃんとブッシュ・ド・ノエル作るだろ?しかも形悪いし、それ付け合わせた生クリームでごまかしてるし。 まあ、いいか。 気を取り直し、俺はいつの間にか途切れてしまっていたオルゴールのネジを再び回す。 テーブルの中心には利央。いつからだろう、こんな光景が当たり前になったのは。やっぱり子供のちからってすげーんだな、って改めて思う。 いや、それはきっとうちに来たのが利央だからなのだろう。 口ずさまれる、諸人こぞりて。 子供の高い歌声は、暖かなリビングに心地よく響く。 数時間の宴、聖なる夜。 誰もがその間中ずっと笑顔だったのは、やはり利央が中心にいてくれるから――。 * * * 夜が更けた。 宴の喧騒は波を引いて、そのあとの寂しげな空気の層がリビングを漂う。 「……じゃ、俺寝かしてくるから」 テレビの前に陣取る弟と、ほろ酔い状態でソファに座る赤い顔の父親、キッチンで後片付けをする母親に声をかけて、俺はリビングを抜け出した。 腕の中には散々騒いで疲れたのか、いつもよりずっと早くおねむな利央。寝かせてくる、なんて言葉も必要ないくらい、もう吐息は寝息に変わり始めている。 ぽんぽん。 二段ベッドの下に利央を寝かせ、まだ少しだけ開いている瞳を閉じさせるように、あやしながら胸を叩く。けれど、何に抗おうとしているのか――多分、サンタクロースでも見たいんだろう――利央はなかなか目を閉じようとしなかった。 「りおう、寝ちまえ。もう眠いだろ?」 ただでさえ風邪気味なんだから、と心配そうな顔をしてもこの子供には関係なく。 「……やぁだ! さんたさん、みるのぉ」 じたばたとベッドの上で暴れ始めた利央の肩を優しく押して、どうにか宥める。 眠い時の子供は本当に機嫌が悪いんだって、この9ヶ月で俺はよく学んだから。 「分かった、分かった。じゃあ来たら起こしてやる」 利央はすがるような様子で、自分を撫でる左腕を掴んできた。もう目は開いていない。あと一押しだと、俺は掴まれたままの手で器用に持ってきていた秘密兵器のネジを回した。 静かな薄闇に、流れる静かな曲調。宴の最中、利央がずっと気に掛けていたオルゴール。 「……もー、ろびとー、こぞーりーてー、むかーえ、まーつれー…」 驚くほど自然と、その歌詞は出てきた。数時間聞き続けたからかそれとも、忘れていた自分の小さな頃の記憶が微かによみがえったのか。 子守唄。 そんなつもりはなかったのだけれど。 「お、寝たじゃん」 結局、一曲すべて口ずさんでしまった。お世辞にも歌は上手いほうじゃないから、利央が半分寝てくれていて助かった、なんて思う。 今更ながらに恥ずかしい。 「……んた、さん」 離れた手を嫌がって、利央が首を振る。そのわりに呟かれた言葉はサンタさん、だったけど。 これはもう、そろそろ離れてもいいだろうか。 窓から差し込む月光に、淡く照らされる幼子の寝顔。 それはなんだかとても、今日という日に似合う気がして知らず笑みが零れる。 闇照らす人が来る。 萎む花咲かせ、恵みの雫垂らしたもう類稀なる人が来る。 利央が来て、本当に世界が変わったこの数ヶ月。 一日一日、どんどんでかくなる。一日一日、今までにない表情を見ることができる。 「りおう、プレゼント、何にしような?」 ベッドを囲む枠に肘をついて、未だ鳴り止まないオルゴールの音色のなかそっと呟いた言葉は、優しく闇に溶けた。 贈り物なんて、柄でもないんだけれど。 でも、こいつに何が似合うかなとか、何に興味を持ってくれるんだろうとか、そう考えを巡らせればこんなにも心が弾むから。 嬉しいと、喜んでくれればそれだけで自分は幸せになれるから。 「あーあー、お前、ホントにどうしてくれるんだよ」 すやすやと寝息をたてる、利央の頬を指でつついて。 そんな行為でも笑う利央を、こころの底から大事に思う。 こんなに変わった自分を、俺自身戸惑いながら受け入れている。 ああ、貰ってばかりのお前に、せめてものお返しを。 利央の風邪が悪化していなかったならば、明日はこいつが納得するまで付き合おう。 二駅離れた百貨店に一緒に行って、心行くまでお店をまわって。 あるひとの生まれた尊い日。讃える子守唄。 眠る幼子はただただ安らかに――。 |