*コンク・パールは傍らに*


※「聖霊は禁句に微笑む」の最終場面終了後。アレがあった後、二人でお風呂に入ります。




淡く澄んだ桃の色と心落ち着かせるバラの香り。
冬明けの長い夜が始まりかけて、窓の外は静かな静寂が息を潜めて町を飲み込もうとしていた。
「準サーン、洗い終わったよー」
湯船から上半身を乗り出して、利央は曇りガラスの向こうに声をかける。
薄い影がその声に反応して動き始め、「おう」と返事をした。

準太の自室での行為後、熱が冷めたのを見計らって二人で風呂に入る。
高瀬家のほかの家族の帰りが遅いからこそ出来る芸当だったが、さすがに育ちざかりの大の男が二人ともなるといささかこの浴場は狭かった。
片方が洗い場で、片方が浴槽の中。
結局そんな形でしか甘い時間を満喫できないのが、狭い日本の住宅事情。
(オレん家だったら父親の趣味でもうちょいデカイんだけど)
浴槽のふちに肘をついて利央は軽く肩を落とす。ただし、利央の家ではこんな行為、出来はしないから結局どっちもどっちと言うしかないのだが。

「なんだよ、お前よりによってピンクかよ?」
戸をあけて入ってきた準太の第一声はそれだった。
「だって余ってたんだもん。別にいいにおいするし、いいじゃん」
指差されたのは浴槽に張られたお湯。見事に染まる薄ピンクに若干呆れたような顔をした準太は、それでも利央の言葉を「へいへい」と適当にごまかしてさっさとシャワーのコックを捻った。
先程まで利央が使っていた余韻を残したそのシャワーの蒸気は、再び溢れた熱湯によって霧のように浴室を満たしていった。
白く薄隠れた準太の肉体を、利央はじっと見つめる。
なだらかな胸板、凹凸が見えるほどよく引き締まった腹筋。冬でも日に焼けた腕はしなやかでありながらも硬く、隆起した肩はまぎれもなく投手のもの。
どこからどう見ても立派な、男の肉体だ。
利央はそれに抱きしめられることに嫌悪を感じた事はない。
名を呼ばれるのは低い声。この冬色々と事情を知ってしまったクラスメイトの彼女のような――優しい声色ではない。
(不思議だよね、なんで違うんだろ)
16年生きてきて、今更思う。どうして神は世に二種類の人間を創り出したのか。
目の前の人物はそれだけで美しく、完成されたもののような、そんな気すらするのに。
どうしてもう一種類の人間が世には必要だったのだろうか。

「……なんか背中がくすぐってぇんだけど」
利央がぼーっと考えていると、その視線に気づいたらしい準太がばっと振り返った。
照れくさいのか、その頬がわずかに色を持っている。
「えー、準サンキレイだなーって、見てただけ」
「きれいって、あんま嬉しくねーよ」
やっぱ男にはかっこいいだろ、なんて言う準太に利央は付け足したように「もちろんかっこいいよ」と笑う。 キレイだという言葉は訂正しない。
だって準太はキレイでかっこよくて、最高の人だから。

「なんかねー、ちょっと考える事あってさ」
「考える事?」
体の泡を流し終えた準太は、頭にお湯をかけながら利央のおしゃべりに付き合う。
ずっとその様子を眺めていた利央は、そこでようやく準太から視線を外し伸びをしながら肩まで湯に浸かった。
「ん。今更言う事じゃないけど、なんでオレなのかなーって」
「……それは、俺の相手が、ってことか?」
頭の泡をかき混ぜる準太の手が一瞬止まる。
ワントーンだけ落とされた彼の声に焦って、利央は慌ててそれを訂正した。
「や、そんな深刻な話じゃないし! ただ、それってスゴイなって思ったの!」

浴室独特のエコー。その余韻を十分に残した場所に、準太が髪を流す水温が被さりながら木霊する。
また何か怒らせでもしただろうか。
返事をくれない準太の背中に、利央の心が沈む。
「……あの、準サン。ほんとに変な意味とかないから」
搾り出すように呟き、わずかに俯いた利央の頭は次の瞬間優しい腕に抱き取られていた。
「アホはなんにも考えんな。そのうち知恵熱でもだしそうだし」
目の前には準太の鎖骨。そっと押し当てられた体温。
(……あ、心配されてんの、もしかして?)
考える事がある、なんて言ってしまったからだろうか。
なんだか傷ついた鳥を介抱するような気遣いが準太の様子から感じられる。
自分がまた色々考えて悩んでいるんじゃないかと、この人は心配しているのだ。
(そんなんじゃないよ、準サン。本当に本当に、ただ嬉しいだけなんだ。オレのこと好きになってくれてありがとうってそう思ってるだけ)

温かな背中に腕を回して、利央は微笑んだ。
「ありがとう、準サン」
歓喜も感謝も全部一言に思いをこめて、ただそう口にする。
「お前がいいよ。色々あっけど。俺も時々変な事考えっけど。……お前がいいよ」
ぐいと額を持ち上げられて、そのままぴん、と指で弾かれる。
煌々と光を発する明るい照明の下、影になった準太の顔は穏やかで優しかった。
意志の強いオニキスの瞳。
映る自分とばら色の水面。



―…準サンはきっとオレをちゃんと見つけてくれるね。
女だとか、男だとか、例えば犬とかになっちゃっても関係なくさ。
ねぇ、準サン。
だからきっとこんなに準サンのことが、好きなんだね。



はっとするように鮮やかな色。
コンク・パールの天然色。
それは二人の傍らで常に見守る、ばら色の世界。






コンク・パールはダイヤモンド以上に貴重なピンク色の真珠。
二人の世界がそんなふうに貴重で輝く世界でありますように。
2009/10/23