*金緑石の夢枕*※「十字架に願いを」で準太の家に来て眠ってしまった利央を見た、準太のモノローグ的なお話。 二人分の荷物を肩にかけて階段を上る利央の背中を、準太はそっと見送った。 余程眠いのか、その体は危なっかしく左右に揺れている。目が離せない。 「おい、転がってくるなよ」 既に半分以上意識のない様子の利央は、準太の呼びかけにも反応は鈍い。 唸りとも返事ともつかない声が微かに準太の耳に届くだけだ。 結局、利央が階段を上りきるまで準太は目が離せなかったが、その色素の薄い髪の毛が視界から消えると、ため息と共にダイニングへ向かった。 西日に照らされて、部屋は明るい。冷蔵庫横のホワイトボードには父の帰宅時間がメモされている。 朝言葉を交わしたときよりも遅いそれを、準太は別段感じることもなく確認し、 そのまま、練習試合後から施されたままのアイシングをテーブルの上に放って、冷蔵庫を開けた。 母親の作りおいた目玉焼きハンバーグが二人分、静かに沈黙している。 きっちり自分と父親の分だけ作られたそれに、利央の夕飯をどうするか、と一瞬考えたが、母親の癖でレトルト類は大量に買い置きされているはずだから心配はないだろう。 手前のストックからキンキンに冷やされたミネラルウォータを取り出し、二階を目指す。 天窓から漏れた夕日が、丁度斜めに射して自分の部屋のドアを照らしていた。 物音一つしないその部屋の様子に、準太は久しぶりに会った後輩が眠ってしまっているのを悟る。 案の定、手前に引いたドアの隙間からは、時間が無くて片付けていない冬物のラグに横たわる利央の姿が見えた。 「りおー」 彼の顔のすぐ近くで足を止め、やや抑えめのトーンで名を呼ぶものの目の前の彼はまったく動かない。 薄く開かれた口元から、ただ安らかな寝息が繰り返されるだけ。 若干砂に汚れた感じのする制服を部屋着に着替えながら、利央が熟睡してしまっている事実に、準太は無意識に肩を落としていた。 それが悔しくて、むっと口端を下げる。 (何がっかりしてんだよ、俺…) クローゼットを閉め、ベッドから毛布を乱暴に利央の体へとずらして、どっかりとその傍らのミニテーブルの前に腰を下ろす。 胡坐をかく際に注意を怠って、足先をテーブルの角にぶつけた。 準太自身にそれほど痛みはなかったが、大きな音がしたので彼は慌てて利央のほうをうかがう。 背を丸めたまま寝返り一つしない利央に、目覚める気配はない。 「子供はよく寝るよな…」 呆れたように息を吐いた準太は、そのまま利央の丸まった体を見つめる。 暫く見ないうちに、この後輩はまた一回り大きくなっているように思う。 なまじ内面が変わらないだけ、そのギャップは大きい。 随分前に追い越されてしまった身長もまだ留まることを知らず、 自分もそれに負けじと体作りをしているけれど、もうそろそろ成長も止まってしまう頃だろう。 だからきっと、もう利央に追いつくことはない。 (これ以上、デカくなるなよ……?) ついこの間まで眠れないほどの酷い成長痛に悲鳴を上げていた利央の、苦しげな表情が思い浮かべられる。 それを、優しく撫でさすった夜を思って、準太はそっとその膝を押さえた。 痩せた子供のそれは、固い骨が幾分突出している。 利央は早く和己のようになりたいというが、和己の完成された肉体とかけ離れたこの体はそれを許さないはずだ。 まだまだゆっくりと成長することが求められるはずの利央に、昨夏自分が投げかけた暴言を、準太は今も覚えている。 和己と比べるなど、今思えば随分と乱暴なことをしたものだ。 それも自分のために、などと、なんて傲慢な考え方だっただろう。 自分と和己の差は一年。その一年の差でさえ、どうやっても埋めることのできないものだと自分は誰よりも知っているはずなのに。 (こいつの場合は、二年だもんな…) 二年はでかい。ついこの間卒業していった野球部の先輩達を思って、準太の視線が空中に泳ぐ。 バッテリーと想い人、両方の関係をたった一人の相手に持って、あの当時自分は随分戸惑っていた。 野球と私生活を完全に切り離すことが出来なくて。 それを感じることのない和己との一年ぶりのすがすがしい野球に、昨年準太は夢中だった。 「だけど、そればっかりに目がいって、利央を手放すところだった」 先程、ファーストフード店で見つめることしか出来なかった利央の髪をそっと触って、準太は笑う。 何故だろう。利央の寝顔は、この世界の全てのしがらみから開放してくれるように優しい表情をしている。 昨年の大晦日、二人でその一年を惜しんだときと同じ安らかな顔。 知らず穏やかで晴れやかな空気を纏った準太を、眠る利央は知らない。 振り回しているのか、振り回されているのか、得体の知れない感情に準太はそれでも幸福を感じていた。 「……ちゃんと入学、してくるよな?」 もう一度利央の髪を指先で梳いて、準太はふいによぎった不安に少しだけ表情を曇らせた。 自分に黙ったまま美丞の試験を受けようとした利央の気持ちを、準太はいまだ計り知れないでいる。 大晦日からおよそ三ヶ月、一向に連絡をよこしてこなかったこともその不安を煽っていた。 (あの喧嘩が気まずかっただけだろ? そうだよな…?) 気持ちを口に出さないのは自分の悪いクセだ。 生来のプライドの高さがいつも何処かで邪魔をする。 だからこうして、人知れず利央に触ることで準太は安らぎを得るしかできないのだ。 「ヤバイ、俺も寝そう…」 ごろんと利央の隣に寝転び、準太は軽く目を閉じる。 気持ちいい。 自分の部屋で利央が無防備に寝ている、ただそれだけのことが。 練習試合に勝ったからだけではない。この満足感は、隣に利央という睡眠導入剤がいるからだ。 首を仰け反らせ、ベッドの向こうの窓を見れば完全な夜が外界を支配していた。 空気が澄んでいるためか、星々が綺麗に輝いている。 その夜の訪れと隣で眠る利央の匂いに、準太の体がわずかに反応した。 それは素直に迎え入れるにはあまりにも気恥ずかしい熱。 (あー…、飯でも食ってくるか……) ぼんやりとその熱に気付きながらも、準太はそれを無視する。 寝返りをうって準太に背を向けた利央が、丁度いい歯止めにもなり、彼は苦い笑いを漏らした。 本当に、タイミングのいい奴だ。 けれど今夜はきっと、最高の抱き枕を手に入れてぐっすりと眠れるだろう。 数時間後の穏やかな睡眠を思って、準太は静かに部屋を後にする。 吸い込まれるほどの魅力を持った、金緑石の瞳が目覚めるのをそっと、けれど心から、待ち望んで――。 あとがき
同人誌番外編その2です。
ロザリオシリーズ本編はややシリアスっぽい感じなので、こういった甘いものが書きたくなります。 準さんは絶対むっつりだと思うよ、ってお話です。←違います(笑) 金緑石は有名なキャッツアイやアレキサンドライトの原種、クリソベリルの和名。 中でもやや緑がかった濃厚なハニーイエローは、利央の瞳の色のイメージです。 2008/02/08 |