*オニキスの瞳に捕われて*


※「聖火は地上に始めて火を灯す」で階段で準太に衝突した利央のその直後のお話。 (オリキャラが出ます)



3階まで一気に階段を駆け上がった利央は、ふと足を止めて階下を見下ろした。
ジンジンと痛むあごが、先程の出来事は夢ではなかったと実感させる。
ぶち当たった胸板は、自分には無い硬さがあった。制服越しに触れたしなやかな筋肉の感触に、 利央は黒髪の彼が運動部らしいと予想する。
大丈夫だ、と彼は言ったが、本当に平気だろうか。かなり慌てていた自分を恥じて、利央は軽いため息をついた。

だが、時間が無いのも確かだった。
踊り場の人通りの多い場所で立ち止まったが為に、人々の注目を浴びてしまった利央はそそくさとその場を後にする。
目的地はもう目の前だった。


開け放された教室の出入り口から、ひょっこりと色素の薄い頭が覗いた。 変わった色の瞳がきょろきょろと探し物をするように動き回るが、どうやら目当てのものを見つけられずにいる様で。
(あれ、和サンこのクラスだよね……)
利央が不安に思い始めた頃、ぬらりと背後に現れた影が自分に話しかけてきた。
「オイ、誰か探してんのか?」
その声は、まるで中学生とは思えない重低音だったので、利央はもう先生が教室入りする時間になってしまったのかと慌てる。 だが、振り返った先には自分と同じ色のブレザーがあった。
ゆっくりと目線を上げれば、自分の兄にも負けない位の強面に見つめられている。 思わず半歩身を引いてしまった利央だが、続いた彼の口調は穏やかだった。
「どうした? 誰か探してるんじゃないのか」
声に見合って、何とも立派な体躯だ。尻込みしている自分に喝を入れ、利央が声を絞り出す。 目の前の彼はなんとも無表情のまま、利央の言葉を待っていた。
「あ、の。河合…和己サン、いますか?」
「和己? さっき水飲み場で見たけど。もう帰ってくるんじゃ――、あ。来たみたいだぞ」
上から利央に覆いかぶさるように覗き込んでいた視線が、廊下の先へと跳躍する。 そこに見慣れたクラスメイトの姿を見つけて、男はそちらを指さした。
「和己! お前に客だよ」

友人を左右に連れ立ち、ゆっくりと歩いていた和己は男の言葉に顔を上げた。 その横には見慣れた少年の姿。今日からは後輩となる彼がそこにいて、多少驚いたような表情をする。
「利央、どうした?」
「え、っと。今日の見学会、ホントにやるのかと思って。雨止んだけどグラウンドヤバイし」
「ああ、大丈夫、やるだろ。うちのグラウンド、水はけはいいからな」
自分達の手前で止まった和己に近づく様に、利央は男の懐からするりと抜け出した。
二人は予想外に親しげで、会話から外された男は首を傾げる。
「和己、後輩か?」
これだけ目立つ容姿をしているくせに、男の記憶の中では利央、と呼ばれた少年は思い当たらない。
「新入生だろ?」
男は遠慮無しに利央の髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。立派な体躯に気圧されて、利央は動けない。
「呂佳さんの弟だぞ。野球部に入る予定なんだ」
「げ……。呂佳って、仲沢先輩か? 全然似てねぇなー」
揉みくちゃにした頭から思わず手を離し、男はまじまじと利央を観察し始めた。
「よ、ろしくっス」
相手の正体すら分からないが、取り合えず挨拶だけはしておいた方がいいだろう。慣れない敬語と共に軽く頭を下げる。
(和サンの…クラスメイト、かな?)
探るような利央の視線の意味を読み取ったのだろうか。和己は微笑んで利央を見下ろした。
「同じクラスの早川正宏だ。柔道部の主将。親父さんが日系アメリカ人で、日米ハーフになる」
「そーなんすか!」
だからデカイのかな、等と勝手に納得して、利央は感嘆の声を上げた。 けれど確かに、この体格なら格闘技向きだろう。もう一度その立派な体つきをしげしげと眺める。
「おー。武道館に来れば、いつでも可愛がってやるぞ」
「え、いいっすよ。兄ちゃんで間に合ってる…」
一気に顔色が変わった利央の様子に、正宏は豪快に腹を抱えて笑った。
「そーだよなぁ、ぶっ! 仲沢先輩、キツイもんなぁ」
なかなか収まらない笑いを必死に抑え、正宏は二人に別れを告げた。時間割を告げる予鈴が鳴ったからだった。

「お、もうそんな時間か。そういえば利央、そのアゴどうしたんだ?」
赤く腫れたその箇所を指差して、和己が心配そうに眉を顰める。 彼が何か良くない想像をしていそうだったので、利央は急いで理由を説明し始めた。
「ケンカとかじゃないよ! さっき人とぶつかっちゃったから…」
「おいおい、それもまずいだろ。大丈夫だったか?」
「うん。オレもこんなんで済んだし、向こうも平気だって言ってた」
思い出すのは、オニキスのように真っ黒い瞳と髪色。
無愛想でありながらも輝きを残した、あの色。

「そうか、ちゃんと謝ったんだろ?」
「もちろんっスよ。でも、気をつけます」
こうべを垂れた利央に、和己は優しく笑いかけた。次から気をつければいいさ、と肩を叩く。
「ウス、じゃあ和サン、また放課後」
「ああ! ちゃんと来いよ。あと、アゴはちゃんと保健室で湿布貰うんだぞ」
手を振って見送ってくれた先輩に頭を下げて、利央は再び階段を降りていった。

(あの人、何年生だろ。もう一回、ちゃんと謝りたいな…)

衝突現場で立ち止まった利央は、もう一度彼の姿を思い浮かべる。
不思議にも、それはありありと自分の心に残っていて……。
何故か懐かしさにも似た気持ちを、胸の奥に広げていったのだった――。




あとがき

やってしまいました、同人誌番外編。
買って下さった方に二度楽しんで頂けるかな、と勝手に思ったのですが…。
いかがでしょうか…;

正宏君は、多分これからのロザリオシリーズでまた登場すると思いますので、名前だけ覚えて頂けると嬉しく思います。
そこはかとなく利央の一目惚れっぽいですが、むしろ罪悪感が強いんじゃないかな、と。
2007/11/05