*黄昏の応援歌*桜舞う新学期。日差し眩しいこの季節がやってきた。 よく整備された桐青高校自慢の専用グラウンド。 バックネットを背中に、初々しく整列する新入生たち。 若い彼らは期待と緊張で、なんとも形容しがたい表情のまま固まっていた。 今年の入部希望者は例年になく多い。 自分たちや一つ後輩である青木の代の人数と比べ、集合した前川はそう思った。 (やっぱ、去年の甲子園効果、ってやつかね) 記憶にもまだ新しい、あの日の光景。 自分はベンチ外だったけれど、アルプスから見た空の青さもあの歓声も今年はきっと手に入れる。 そのために、この冬徹底的に自分を追い込んできたのだから。 * * * それは、春の大会二週間前の事だった。 果たして自分はレギュラーを無事に取れるのか、スタメンに選ばれるのか。 前川もそんな緊張感を持って練習に打ち込んでいたある日のこと。 打撃練習中、突然コーチに呼ばれた。 何かまずかっただろうかと不安に思いながらも行けば、その傍らには一人の新入生。 (あ、こいつ……) 顔を見ただけで分かった。 数多く入部した今年の一年の中で、監督が一番の有望株だと目をかけている少年。 真柴 迅。 生意気にもその才能は認めざるを得ない。 シニアリーグ出身でもともと硬球慣れしていたことを除いても、周りからは頭一つ抜け出ていた。 (……やな一年だっつの) 前川がそう思うのは、自分の苦手な打撃練習で彼が目立つからだ。 特に速球に設定したマシンの前に立てば、この一年は何よりも輝く。 だから何となく、後輩にもかかわらず劣等感を抱く相手、なのである。 「俊彦、お前今日からこいつに走塁教えてやれ」 「は……、走塁、っすか」 コーチの言葉に、前川は驚きに目を見開いた。 同時に、「ああ、やっぱり監督はこいつを春に使う気だ」とも気付いてしまって。 少しだけ、気分が良くなかった。 「ああ。こいつ足の速さは一級品なんだけど、走り方わかってなくてなー。お前のタイプに一番近いし」 頼んだ、と笑ってさっさと別のチームメイトのもとへ向かったコーチの背中を、前川は呆然と見つめた。 そしてそんな前川に勢いよく届く、まだ若い少年の声。 「よろしくおねがいしゃっす!」 短く刈られた頭が深々と下げられる。 そうして前川は、しぶしぶとこの新入生にかかわってゆくことになったのだ。 「っ、だあああ、違うって! そのやり方じゃ軸曲がってる!」 「はいっ! スイマセンっ!」 「打ちながら走るんじゃねっつの。あくまで打ったあとの切り替えだっつの!」 「はいっ!」 夕暮れのグラウンド片隅。 何故かこの一年有望株の教育係を命じられた前川は、今日も練習後さらに声を張り上げていた。 その顔は、数日前嫌々引き受けた時とは一転、後輩を叱りつけながらもどこか楽しそうである。 (くそ、もうだいぶ上手くなってやがる。さすがって感じだな……) 中学の頃、万年補欠だった自分。 それでもと意を決してこの桐青の門をくぐった。 厳しい練習、それでもめげることなくここまで来ることが出来たのは、あの頃とは比べ物にならないくらい自分のレベルが上がっていく事を 日々実感できたからである。 でも、三年間みっちり練習してきても知らなかった感情がここにある。 人に、教える事。 自分のアドバイスで誰かがめきめきと力をつけていく、この瞬間。 胸がくすぐったいような、どこか満足感と達成感を伴う、この感情。 「おし、今日はこの辺にしとくかー」 「……っ、ス。あざ、っした!」 何本もの走塁ダッシュを終えて、迅は息を荒げながらその場に倒れこんだ。 その傍らに、よっと、なんて声をあげて前川も座り込む。 「ま、かわ、さん……?」 不思議に声を上げて、顔にかけたタオルをずらす迅。 どうしたんですか、とそこから現れた素朴な目が前川に向けられる。 「前チンでもいいぞー」 その視線に笑って、前川はぐしゃぐしゃと砂に汚れた迅の顔をタオルごと擦りつけた。 わわわ、とくぐもった声を出し、寝そべったままの彼は慌てる。 「ちょ、な、なんすか? っていうか、そんな、いくらなんでもあだ名じゃ呼べねっすよ」 「別にいいと思うけどなー。まあでも気になるか。じゃ、二人の時にはそうしろよ」 「いや、でも先輩にそんな」 「いくらなんでも前川さん、は寂しくね?」 「あ、はい。ややや、でも!」 からかわれているわけではないと悟った迅は、そこで疲れきった体を無理やり起こした。 だが、そんな迅の頭をもう一度、好き勝手に撫でるだけ撫でて、前川はその場を立つ。 「あ、のっ?」 「明日の春大メンバー発表、お前多分呼ばれるからさー。頑張れよな」 ひらひら、後ろでにふられた手が、その所作で迅を鼓舞する。 「はい、あ! が、がんばり、ましょうっ!」 そして背中越しに返された言葉に、前川はぶは、っと思わず噴きだす。 (頑張り『ましょう』、かあ……。) 憧れのスタメンユニフォーム。 自分のこの冬の頑張りが果たしてどう評価されているのか。 春はそして夏は――……もう、目の前であった。 「迅、今日のオーダー聞いたか」 「あ、はい!」 「ま、繋げっから」 「うっす! たのんます!」 夏、対西浦戦。 9と1。 もっとも遠くて、けれど一番繋がっている番号。
打順繋がりコンビです。
迅の前チン呼びは誤植なのかそれとも本当なのか。 とりあえず前チンが偽者ですみませんでした……; 2010/08/31 |