*悪趣味だ*春、日差しうららかな午後。 桐青高校野球部の部室は、練習終了後だいぶ時間が経っているにも関わらず賑やかだった。 それもそのはず。 つい数ヶ月前までこの部に在籍していた先輩達が、卒業後始めて暇を作り突然押しかけて来たからだ。 「タケさん、どうすか、大学の練習っ!」 「今年プロ蹴って進学したあのARCの人と一緒なんスよね?」 わらわらと卒業生に群がる人、人、人。 さすがに全員がいるわけではないが、学年の同期半分以上がそれぞれに質問攻めにあっている。 「こら、押すなって。狭いんだから」 青木の後ろに立つ準太は、青チェックのシャツを掴まれすでにもみくちゃ状態。 その様子を部屋の奥にいたため乗り遅れ、入り口に辿り着けないでいる迅と利央は窓から顔を出して眺めていた。 「うわ、大丈夫かよ、入り口。ドア外れんじゃねぇの」 上半身を乗り出して、迅が眉をひそめる。 その背中からさらに身を乗り出して、利央も大きく頷いた。 ただでさえ狭い入り口は大人数に押されてさらに許容量ギリギリだ。主将にでも声をかけていったんグラウンドへ戻った方がいいかもしれない。 二人がそう考えていると、それを見切ったかのように鋭い声が辺り一面に響き渡る。 それは確かに主将のものであったが、ただし、利央たち同級生の、ではない。 半年以上前までその地位を務め上げた『元』主将、青木の力強い声だった。 「お前たち! 部室壊して保護者会に迷惑かけるつもりか。全員サブグラウンドまで抜けていけ!」 部室の維持費は保護者からの寄付でまかなわれている。 それがどれだけ親に負担をかけているのか……、監督に言い聞かされてきた青木は後輩を一喝した。 鍛え上げられたキャプテンシー。 大声を耳元で聞いた準太は思わずといった様子で耳を塞いでいる。 それを迅と顔を見合わせながら軽く笑って、利央はさらに窓から身を乗り出した。 「ほらほら、早くしないとまたタケサンに怒られるし! 早く出てよ、オレ窓から落ちそうなんだけど!」 「イテェよ、利央! 体重かけんな、オマエ!」 「だからキツイんだよ。ねー、早く出てったら」 縦に取り付けられた方の窓枠に腕を絡ませて叫ぶ利央と、そんな彼に押しつぶされぐぐっ、なんてくぐもった声を漏らす迅。 部員全員がそれに笑って、「仕方ないな」などと呟きながら部室外へ流れてゆく。 相変わらず、入学時から見事なコンビ状態は維持されているようだった。 「あー、そうだ。そういや差し入れ持ってきてやったんだった。満の奴がサブグラで荷物番してっから、早く行ってこい」 流れ出る後輩たちを横目で見送りつつ通路の端によけた準太がそう呟くと、途端、おさまったはずの後輩たちのざわめきは再び加熱する。 「マジすか! さすが先輩たちスね!」 「ごっさんでーす!」 どどどど、漫画みたいな表現が似合うような轟音を立て、現役部員は走り出す。 それを見送っていた卒業生は、後輩たちがあらかた部室から出たのを確認し、「あいつらサルか犬みてー」と笑ってゆっくりとその後を追う。 きっと今頃、大挙として押し寄せた後輩たちの波に荷物番の彼が潰されているだろうから。 「やっべ、おい利央。早く行かねーと物なくなんぞ」 窓からやっと体を外し、迅が床を蹴る。その後を追おうとして、しかし利央は足を止めた。 「なんだよ、利央、行かねぇの――…あ!」 走りながら振り返った迅の傍で、影が立つ。その正体に気付いて、彼は野暮なことを言ったと頭を抱える。 「じゃ、じゃあ先行くからな!」 影の横を通り過ぎる際、ペコリと軽く会釈する。影は軽く手を上げて、機嫌よくそんな彼を見送った。 まだ高い太陽の光が、優しく影を照らす。 微笑みあって近づいて、利央と影はこぶしを合わせた。直接触れ合うのは十数日振りだった。 「準サンちょっと太ったんじゃない?」 「テメー、わざわざ来てやったのに第一声がそれかよ」 「だってなんかやっぱさー」 なんか、の続きは言われなくても分かっていた。 『なんか照れくさい』それはお互いに同じ。好き、とか愛してる、とか言い合ったことはないけれど……。 お互いにそういう対象としていたのは卒業前から分かっていた。 卒業式後、紆余曲折ありながらもその関係は二人納得することになった訳だけれど。 まだその関係は始まったばかり。照れくさいのは仕方ない。 「まー、分かるけど。……なあ、ちょっと来いよ」 現役の頃より少しだけ短く整えられた前髪の奥で、準太の瞳が何かをたくらんでいるように揺れた。 それを不気味に思いながら利央はしぶしぶといった様子で、彼に近づく。 「なんか……、ヤな予感。あー、オレ差し入れ貰いに行こうかなー」 視線を逸らすように呟いた言葉。 けれど、当たり前のように準太がそれを許すはずも無い。 突如掴まれる腕、引き寄せられる腰。 体勢を立て直す暇もなく、利央は準太の体にぶつかる。 「ちょっと、準サン! 痛いんだけど!」 むくれた利央の頬は、腕を離した準太の右手にむにゅ、と潰される。 「ばぁか」 くぐもったからかいの言葉は、利央の唇に消えた。 驚いた利央の瞳は見開かれ、間近に迫りすぎて焦点の合わなくなった準太の瞳とかち合う。 「―…ちょ……っ、むー…っ!」 ぜいぜいと上下する肩、赤い頬、潤んだ瞳。 ようやく開放されて、利央は息も絶え絶えに満足そうな顔をした準太を睨む。 「イキナリなにすんのォ! もうみんな戻ってくるかもしんないのに!」 頭に響くほど大きな抗議の声。 それになんら動じもせず、次の瞬間我が野球部元エースはきっぱりと言い切った。 「だってこうゆう場所でやんのって燃えねぇ?」 呆気にとられる利央は、もう一度「信じらんない!」と叫ぶ。 にっこりと余裕で微笑んだ準太は、余計に満足そうだった。 (燃えるっつーか、お前がそういう顔するってわかってっから、オモシレーんだよなー) ふわふわ漂うクセっ毛を撫でて利央を宥めながら、準太はそんな事を思う。 そうして最後に、『俺って悪趣味かもなー』と悪びれもなく呟いたのだ。 利央がそれに大いに同意したことは言うまでも無いだろう。
準さんは悪趣味です、きっと。それは間違いない。
でも、そんな準さんの事を好きで好きで仕方がない利央も、結局は悪趣味だと思いますけどね。 そんな二人が相変わらず大好きです。 2009/10/30 |