*あほのこ*


秋大会も終わり、木枯らしの訪れと共に球児たちはシーズンオフを迎える。
本格的な冬の筋力トレーニングに備えてほんの少し体を休める期間、いつもの様に引退した三年生は後輩に混ざって休憩時間を楽しんでいた。

「ぶっ、利央お前……どうしたその頭!」
防具を外してバックネットに寄りかかった後輩をなじるのは、この夏までセカンドを務めていた島崎慎吾。
「うわー、汚ねェな。砂だらけだぞ、お前」
そして慎吾の背後から、訝しげな顔を見せるのは同級生の真柴迅だ。
「……別に」
むすりとむくれた少年は、バサバサと乱暴に髪の砂を払って二人の視線から顔を背ける。
けれど、そんな生易しい逃れ方を体育会系王道のこの部が許すはずはなかった。声を掛け合わせたわけでも無いのに、まるで以心伝心。
即座に彼を左右から取り囲む。

「別にって言われてもなあ、迅」
「そっすよね、なあ利央、またなにやったんだ、お前?」
にやりと底意地悪く笑う二人は、利央の顔を覗き込むように腰を落としながら肌を近づける。
「だから、別にって言ってんじゃんか」
左から近づいてきた迅の顎に手をかけて、利央はそれを思い切り押しのける。
うぐぐ、と唸った迅を助けるように、慎吾はその手を掴んだ。
「別にじゃ納得しねーんだって、ほら、どうしたのかな、利央くん?」
にやにやにや。
上からかぶさるようにして近づく顔。
ああ、本当に。変な人に捕まってしまった。こんなことなら水飲み場で面倒でもきちんと流していれば……。
利央はひとつため息をついて、恥ずかしそうに俯いた。ぼさぼさになった髪から覗く耳は微かに赤い。
「……転んだ」
消えるような声で呟かれた言葉を、先輩と同級生は盛大に笑い飛ばすことで聞き取れた事を露わにする。
「こ、ころ……ぶっ! ホントお前アホだなー!」
「いやいや、迅。転んだだけであれだけ砂が絡まる、利央を尊敬しなくちゃな、うん」
涙を目尻に浮かばせて、周りが注目するほどに大笑いする迅。
そして口元を押さえ笑みをかみ殺しながら、大真面目にふざけてみせる慎吾。
「もおおっ!」なんて分かりやすく不快感を露わに、利央はその場を後にする。

そこでまずいな、なんて思ったのが慎吾だ。
腹を抱えたままその場に突っ伏してしまった迅を残し、一人利央の後を追う。
「りおーっ、冗談だって。おーい、もう休憩終わっちまうぞー」
自分の数メートル前を行くひょろ長い背中に語りかけるが返事はなく。仕方なく足を速めてその後輩の肩をとる。
「……ほら。水道のところ行くぞ、ちゃんと洗ってやるから。傷は? 大丈夫だな?」
先程とは一転、汚れた利央の髪を払って慎吾はその手を握ってやる。
「うん」とか細く利央が笑ってみせたところで、しかし二人が水飲み場に足を向けることはなかった。


「利央」
たった一声、響く音。晩秋の風を切って、静かにけれど荒々しく利央の胸をかき乱す音が短く聞こえた。
「じゅ、準サン……」
慎吾に引かれた手から、利央の意識が抜ける。それを敏感に感じ取って、慎吾は残念だと人知れず肩を落とした。
「慎吾さんスンマセン、こいつが面倒かけたみたいで。俺が責任もって身綺麗にしますんで、戻って大丈夫スよ」
ゆっくりと足を進めながら、準太は笑う。
穏やかな顔には、けれど慎吾にしか分からない牽制の表情が混ざっていた。
「……お守りも大変だな?」
利央の手を離し、すれ違う瞬間に耳打ちされた言葉。傍らの利央だけが、わけも分からず間抜けな表情で二人を見つめる。
「ま、アホなんでしょうがないっす」
まいったまいった、と身振りでふざける準太に、慎吾もにやりと唇に孤を纏う。
「I see. As for the jealousy moderately. (嫉妬もほどほどにな)」
「……はい」
面食らって返事をした準太を、二人から離れながら慎吾は背中で笑った。
あれは絶対、分かっていない顔だ。

もちろんそれが、自分が発した『英文を』なのか『その意味を』なのかは知らないが。
(自分以外の誰かが利央を構うのを見てられないなんてそれはもう、嫉妬以外の何ものでもねーっつのーに)
全く、二人揃ってアホもアホ。いや、準太の方はバカ或いは鈍感なのか?

とにかく、明日行われる三年の勉強会で話のネタには困らなそうだ。
青い空を仰ぎながら、うーん、とひと伸び。
慎吾はもう一度、面白そうに笑った。







あとがき

無自覚なやきもちを焼く準さんが書きたかったみたいです。
英文は、高校の時ですら英語を選択していない管理人なのであてにはなりません;
ニュアンス違っていたら明るくスルー、もしくはご指摘お願いします;
2009/11/13