*無自覚って怖い!*


秋を彩るいわし雲が軽やかに空を流れる。
両手いっぱいに開いたドアからそれを目に入れて、慎吾は薄く笑った。
ここ数日降り続いていた長雨がようやく止んで、なんて見事な秋晴れだろうか。

「はー…。やっぱこーいう日は一眠りだろ」
まだまだ長い昼休みを持て余し気味に、慎吾は陽光の下で軽く伸びをして貯水槽の裏側へ向かう。
だが、さすが数日ぶりの快晴、絶好の昼寝日和。
そこには先客がいた。
グレーのブレザーの影を視界の片隅に捉え、慎吾の表情は一転浮かないものへと変わる。
確かに全校生徒共有の場だからと、半ば諦めもあるのだが、やはりすぐに気持ちは切り替わらないのだ。
仕方ない、反対側へ行こうときびすを返そうとして、慎吾はふと気づく。
「……って、あれ」
同時に思わず声が漏れた。数歩近づいて、もう一度確認。
やっぱり、そこにいたのは部活でよく見知った二つの顔だった。

「準太。利央……?」
白く塗られた手すりの下側。
肩を重ねるようにして、後輩達はかわいい寝顔を見せている。
(……めずらしー事もあるもんだな)
彼らの正面で膝を曲げ、慎吾はじぃっと二人を見つめた。
部ではいつも顔を付き合わせればぎゃんぎゃんぎゃーぎゃー。
利央をいじる準太とそれに過剰に反応する利央は、ケンカばかりしているはずなのに。
(俺らが引退した後、なんかあったのか?)
いいや、特には何も聞いていない。
この間の新人戦も見に行ったけど、特に変わった様子も無かった。
自分は外部受験はしない。エスカレーターで高校に入る予定だ。
だから引退後勉学にいそしむことも無く練習にだって未だ参加するけれど、こんな風にこの二人が肩を並べて眠るようになるきっかけには気づかなかった。

「一体、なんでこんなことになってんだ?」
傍らに弁当箱やらパンの空袋やらがあるということは、多分二人で昼食を一緒に食べたのだろう。
『二人で』。
『二人きりで?』。
考えれば考えるほど、慎吾の頭は混乱する。
「……わっかんねーなぁ」
あまりの難題に慎吾が首を傾げたその時、陽に透ける明るい髪を揺らして、利央がむず痒そうに身じろいだ。
(あ、起こしたか?)
思わず身を引いた慎吾は、次の瞬間信じられない光景を目の当たりにする。

「じゅ…さぁ…ん。す――…」
ぎゅ。
秋風に転がされるように準太の方へとよろけた利央が、夢の中で彼を呼んでもたれかかるようにその制服を握った。
わずかに重みを感じたのだろうか。
準太の方も自分にもたれかかった利央の、その腰へゆるく左腕を回す。
それはどう見ても、男同士でやっていい体勢などではなく……。
「あー…、俺、ヤバイもん見た?」
本当に、苦笑いしかできない。
しかも先程の利央の台詞。す、の続きはなんだ。すき、とでも飛び出しそうだった。


その先を想像するのが怖くなり、慎吾はすくりと立ち上がる。
これ以上、こんな場面を目に入れていたら身体に悪い。
いや、心臓がもたない、本当に。
「……ん。あ…?」
だが、立ち去ろうとして慌てて立ち上がったのがまずかったらしい。
敏感にその気配を感じ取ったらしい準太が、眠りから目覚め、目をしばたかせる。
「……慎吾さん? あ!りおー、テメー!制服離しやがれ、皺になるだろーが!」
先輩の姿に驚いて上体を起こした準太は、そこで利央の手にひっかかる制服に気づいた。
ふわふわと浮遊する髪をひっぱり、頭を叩き、眠りの深い後輩を文字通り叩き起こす。
「――っ、たぁ!! なにすんの、準サン!痛いじゃんっ!」
「うるせぇ。テメー先輩になに寄りかかって寝てんだよ。さっさとどけよ!」
「何ソレ! そんな寝てる間のことなんてわかんないし!」
自分を無視したまま、寝起きの大戦争。
目の前の光景はいつも通り、何も変わらない。

もしかして、仲が悪いのはフリだったのか?
一瞬そう考えて、けれどどう見ても目の前で繰り広げられる光景が嘘だとは思えない。
と、いうことは、アレだ。

完全なる無意識。
それも仲良く二人して。

(はぁ、勘弁しろってのな)
山ノ井辺りにこの話をしたら面白がるかもしれない。
和己は相変わらずだと笑って、最後に「ホントは仲いいんだよ、あいつら」なんて言うかもしれない。
でもなぁ。
(同じ「仲が良い」にも何種類かあるんだよ、和己)
何年か先、自分が予想する答えは多分そこにあるだろう。
微妙だけれど、祝福でもしてやったほうがいいだろうか。


パチパチパチ。
甲高く響く拍手の音。
訳が分からず振り返る当事者二人。
何ともいえない微妙な表情でため息をつきつつ、慎吾は更にしばらくソレを続ける。



――…ああ、眠りの神秘だ、コレは。本当に、無自覚って怖い!






あとがき

中学生準太と利央+慎吾さん。
部内でもやんちゃな二人、ケンカづくしでどうだろうと思いました。
好きな子ほど苛めたい準太と、好きな人に構われたい利央。
どっちもまだ無意識で。
気づいてしまったオトナな慎吾さん、可哀想です(笑)
2009/01/17