*美しい人*南からの温かい風が吹き始めて、今年ももうすぐ春なんだなと、廊下の窓から顔を出した利央は思う。 もうそろそろ、屋上に降り注ぐ太陽の光もちょうどよくなる頃合いで、そうしたら昼寝も心地よい季節になる。 「利央、じゃ、先に教室戻るからなー」 連れ立っていた友人はそう告げて、利央に背を向ける。 「うん、じゃーねー」 返事をした利央は、ふと地上に見慣れた姿を見かけ、窓から身を乗り出した。 心寄せるその人、準太は2階の利央には気づいていない様子で人気の無い体育館裏へと歩いてゆく。 「……あれ、何しに行くんだろ?」 その姿を目で追って、利央ははっとした。その後姿を追うように、一人の女子生徒が同じ道を歩いていったから。 ズシン、と頭に重い衝撃が走った。 (なんだ、また告白されに行ったんだ……) 瞬間的に答えを知った。そして、また、という単語がすんなりと利央の頭に浮かぶ。 高校卒業を間近に控え、ここのところ準太の周りは騒がしい。 卒業前に、その気持ちをせめて伝えようとする生徒が多いのだ。 (オレとのことは……内緒だもんね) ため息をひとつ漏らし、予鈴を聞いた利央も教室へと足を運ぶ。 今日は部活休みの月曜日。 せっかく準太の家に遊びにいける日なのに、心は晴れなかった。 * * * 「はー、昼間はそうでもねーけど、夕方になるとまださみーな」 自室に辿り着いて一番、準太はそう呟いた。 鞄を放って上着を脱ぎ、そのままベッドへと腰を下ろす。 「なんだよ、座れよ」 部屋の入り口で、一つ下の後輩は立ったまま動かない。 下校途中、ずっとむくれていた利央を、準太は訝しげに見上げる。 「……言いたいことあるなら、言えば」 学校帰りはずっと我慢していた。公の場でケンカするのはなんとなく避けたかったから。 けれど、ここは自分の家。 家族も誰もいないから、気にすることなく『話』が出来る。 ――そう、ケンカなんてしたいわけじゃない。ただでさえ部活を引退して会う機会も少ないのだから。 少しキツイ言い方になってしまったことを悔やみながら、準太はもう一度利央を見上げ、そして驚いた。 「なん、で……。そんな顔、してんだよ」 俯いた顔は、今にも泣きそうなほどだった。 準太は慌てて立ち上がり、慌てて利央の元へと駆け寄る。 「じゅんさん、が……。モテるって、よく知ってるけど……。でも」 その一言で十分だった。利央の言わんとしていることが分かる。昼休みのあのことを、何故か利央は知っているのだ。 「オレとのこと、言えないって……分かってるけど。でも――…」 続くはずだった言葉を、準太は己の唇で遮った。 「分かったから、もう言うなよ」 こわばった肩を抱き寄せて、柔らかな髪に頬を寄せる。 こういうとき、さりげなく頭を下げて自分に『役』を譲るのが利央だ。 こんな風に打ちひしがれている時でさえ、それを忘れない利央を準太はなによりも美しいと思う。 「……でも、寂しいって思っちゃうんだ」 離れた唇の間で、利央がそう呟く。 「お前がそう言う奴だから……俺はお前といるんだよ、知ってるだろ?」 ドアと自分の体に利央を閉じ込めたまま、準太は抱きしめる力を強めた。 この関係を、公に出来ないことをずっとずっと悔やんできた。 それを誰よりも分かってくれる利央を、だからこそ好きだった。 けれど、それが利央にこんな顔をさせるのだとしたら……。 そんなもの、たいした問題じゃない。 「大学行ったら……、ちゃんと皆に言おう」 それはあと2ヵ月後の約束だった。 けれど、準太の肩に顔を埋めた利央はその頭を小さく横に振る。 「利央?」 「大丈夫。そんなことしなくても、オレは準サンを、好きでいられる」 覗くようにちらりといたずらに見せられた目元。 少しだけ赤みを帯びたその目元は、だけど微笑みに満ちていた。 「……なんだよ、これでも結構覚悟きめてんだぞ?」 「準サンのその目が好きだよ。オレのこと、真剣に考えてくれる目が一番キレイだもん。さっきはゴメンね、でもそういう目を見せてくれるだけで、もう少し頑張れるよ」 背中に添えられた利央の手は熱かった。 ふわふわとした細い髪の間から見える瞳も、動く唇も。 そしてなにより自分を喜ばせる一言一句……。 その全てが、美しかった。 (愛しい、愛しい、この世で一番美しい人――…) あとがき
始めは準さんを「美しい人」にするつもりだったのに……;
どうしてこうなってしまったのかやっぱり不明です。 個人的には利央も準さんも、両方美しい人だと思っています。 2009/08/18 |