あまいね




冬、今年の寒さは例年に比べてかなり厳しい。
その証拠に、雪なんてここ数年関東じゃ滅多に見ないけれどこの冬はもう三回目。
そんなわけで寒さの嫌いな準太も利央も、せっかくの休みにもどこにも出かけず、こんな風に準太の家でただひたすらごろごろ過ごしている。

「準さーん、ねぇねぇ、構ってよー」
ベッドの上を占領し、雑誌を読みふけりながら寝転ぶ準太の体を利央が揺さぶった。
ベルトを掴まれて揺らされた準太は、うるさそうに身をよじり、壁側に顔を向ける。
無言のままの拒絶に、利央の頬がむっ、と膨れた。
「なんで無視すんの!? 今日呼んだの準サンのほうじゃん! わざわざ人呼びつけといてそれ酷くない?」
「……うるせぇなあ。ぴぃぴぃぴぃぴぃ、ガキじゃないんだから一人で時間つぶしてろよ」
面倒くさそうに首だけまわして振り返った準太は、これまた面倒くさそうに部屋の片隅の小型テレビを指差す。
ゲーム機の繋がったままのそれで、きっと遊んでいろというのだろう。
「ゲームしてもいいよ、でもそれだったら一緒にやったっていいでしょ?」
立ち上がった利央の手が準太の肩にかかる。
大体、今日の準太はおかしい。
今手元にある雑誌だってそうそう真剣に読んでるみたいには見えないのに、こうして邪険にされることに利央は苛立っていた。
「……だから一人でやれって。ベッドから降りるのメンドイ」
「準サン寒いからって冬眠しないでよ!! そんなのクマじゃん、クマ準太!」
「うるせーなっ! さっきからぎゃあぎゃあと。だからお前はガキだっつーの、アホ利央!」
多分子供なのはお互い様だ。
こうして些細なことがすぐに喧嘩になってしまう辺り、二人とも幼い証拠。
例えばここに和己や慎吾がいれば――受け流すか相手の怒気を萎えさせるか、いずれにしてもこんな低レベルの攻防には発展しないことは確かだろう。

「いーよ、わかった! もう勝手にするかんね!」
数分の後、このしょうもない罵り合いは利央のこんな言葉で幕を閉じた。
「あー、そーしろ、そーしろ!」
しっ、しっと人を追い払うように手を振って、喧嘩の間中上半身を起こしていた準太も、再びベッドに横になる。
背中を向けられた利央は「ふんだ!」とかなんとかお決まりの言葉を投げて、こちらもぷい、と反対側に顔を向ける。
眉を寄せ口を尖らせた利央は、その視線の先に、ふと準太の母親が出してくれた菓子鉢を見つけた。
色とりどりのパッケージで飾られたそれらは、まるで誘うように利央の視線を釘付けにする。
もうこうなったら、やけ食いだ、やけ食い。
ドーナツ、クッキー、チップス、ナッツチョコ。
バリバリと包装を解いて口に放り込む利央に、悲劇が起きたのはそれから間もなくのことだった。

がちゃがちゃーん。
テーブルの上でコップやら皿やらリモコンやら、とにかくそこに乗っていた物全てが跳ね上がった。
突然の音に驚いた準太が振り返ると、そこにはカーペットの上で悶絶する利央の姿。
器用にも体をよじって、右手は口を、左手は右足の小指を押さえてのた打ち回っている。
思わずポカーン、と固まってしまった準太は、顔を歪める利央に先ほどの喧嘩の事も忘れて思わず駆け寄る。
「おい、なんだよ、どうした?」
準太の問いかけに「うー、うー」と手のひらの向こうからくぐもった声を出した利央は涙目。
そんな利央を観察した準太は、取りあえず足のほうはテーブルにぶつけたらしい、と理解した。
じゃあ口は?
首をかしげて見つめたのは、先ほどまで利央が貪っていた菓子袋。
見慣れたパッケージに、準太はああ、と合点がいった。
「馬鹿だな、お前。パッケージくらいちゃんと見てから食えよ」
「ひゃって……、わかひゃなか……」
何言ってるのかわからねぇ、と呟いて準太は肩を落とす。

赤と黒で彩られたパッケージで既に予想はつくだろうに。
ああけれど、母親の好みで買っている輸入物のそれは英語ばかりだから、きっと頭の弱いこの後輩には分からなかったのかもしれない。
「激辛チップス、いっつもこれ買うんだよなー、やめろって言ってんのに」
見た目は普通のポテトチップス。
けれどたっぷりしみこまされたハバネロエキスは、悶絶するには十分すぎる破壊力を持っている。
おまけに利央は辛いものや酸っぱいものがかなりの苦手。
いつもそのことで合宿や遠征で部のみんなに弄られている。

「……ったく、ちょっと来いよ」
水を飲んでもまだひぃひぃ喚いている後輩に、ポケットから何かを取り出して準太は彼を手招きする。
「……?」
分かりやすく頭の上に疑問符を浮かべた利央は、こちらも先ほどの喧嘩のことなど全く覚えていない様子でずるずると這うようにして準太の前までやってきた。
そうしてクセ毛に飾られた利央の頭に準太の手が回された、次の瞬間。
むーむー、とくぐもった声が二人の間から漏らされた。
「な、なにすんのぉ?」
数秒後、離れた顔の間で頬を染め上げ、利央が抗議の声を出すが一方の準太は可笑しそうに笑う。
「なんだよ、いつまでも辛そうな顔してるから、イイもんやったんだろ?」
準太の言葉に利央はぐ、と言葉を飲み込む。
まさぐられた口の中、黄金色の澄んだ固形物。
「……確かに甘い、けどさぁ、普通にくれればいいのに」
はちみつの飴。
準太には耐えられない甘すぎる子供の味覚。
元々、親戚から大量に貰ったこの飴を利央に渡すために、わざわざこの家へ呼んだはずだった。
さっさと渡してしまえばそれで終わること。

けれど、なんだか惜しい気がした。
せっかくの休みの日、すぐにこの後輩を家に返してやることが。
別に何をしなくてもいい、同じ空間にこの存在を置いておきたかった、ただそれだけの理由だった。
「お前だって、せっかくなら二重のあまさの方がいいだろ?」
悪びれた言い方でなじれば、ほら。

ぼん、と音がしそうなほどこの後輩は赤くなる。
あまいあまい、お菓子みたいな愛しい存在。
今日一度目のキスは、琥珀のはちみつの味。
あまいあまい、お菓子の味覚。

けれど、勝ち誇ったような顔をした準太は気付いていなかった。
好きな子ほど虐めたい、そばにがっちり所有しておきたい。
それでも意地悪になりきれない、そんな部分があって最後は結局いつも手を差し出してしまう。
そんな準太自身が一番、あまいんだということに。





あとがき

性格のあまさと味覚のあまさだったんですが……、ちょっと無理やりだったかな。
激辛チップスは、始め薄荷のはずでした。
利央はミントとか葉磨き粉の辛さみたいな奴も苦手そうなイメージです。
2009/09/25