*その場所が欲しい*


この世界には、願っても足掻いても、どうしても手に入らないものがあると、利央は知っている。

一目見ただけで、難解な数式を解く頭。
座ってミットを構えれば、どんな剛速球も取りこぼさない体。
譜面から一音たりとも外さないリズム感。

けれど、これらは努力次第でそれに近しいものを手に入れることが出来る。
本当に手に入れられないものは、目に見えるものじゃあない。
利央は、そのことをよく知っていた。


放課後。
練習後の部室は、着替えを行う部員達でごった返していた。
上級生の一部が着替え終わると、それを見計らったようにグラウンドを整備し終わった一年生がなだれ込む。
せっかく減ったかさは再び増して、熱気が部屋にこもり始める。
オマケに、青春時代をただ走る彼らはひと時もじっとしていることが無い。
じゃれ合い、ふざけ合い、何十人もの部員達のぎゃあぎゃあという叫びが部屋に木霊する。

だが、その一角は驚くほど静かだった。
部室の奥まった場所、長机が置かれたそこでは二年生のレギュラーと準レギュラーが集まって、ミーティングを行っている。
普段三年生が使う椅子に、準太やタケや、その他にも桐青高校の中枢を担うべき人物が難しい顔を付き合わせていた。

その様子を、遠慮がちにロッカールームの前に佇んで見ていたのは利央だった。
何を話しているのか、うるさい部室内ではここまで聞こえてこない。
主将のタケが真ん中になって、何かを書き込みながら話を進めている。
誰も皆、真剣な目だった。
一年違う、ただそれだけのことでそこは別次元だ。
まるで聖域のように、その一帯は自分を拒んでいる。

「利央、オマエ帰らねぇの?」
隣のロッカーがバタンと乱暴に閉じられて、鞄を肩に掛けた迅が利央の背中を小突く。
その声に利央は呼び覚まされ、声の主を振り返った。
「あ、うん。もう少し」
「…先輩達、気合入ってるな」
迅の視線は利央を通り越し、その先の聖域を眺めていた。
きっと彼も同じことを思っている――。
利央はその視線の意図を読み取って、小さく頷く。
「うん、もうすぐ、シーズン始まりだしさ」
「そうだな…」
辺りの喧騒が耳に遠い。まるでここは切り取られた世界のようだ。


三年生の卒業が間近に迫っていた。
今度は目の前の彼等が最高学年になる。
そして、自分達は上級生に。
「利央……」
「ん? なに、迅」
「やっぱりいい。俺、帰るから」
利央は見逃さなかった。自分に背を向けた彼の手が、きつく握り締められていたことを。
だがそれでも、気付いていない振りをして迅に別れを告げる。

どれだけ上下関係が良好でも。
入れない、入ってはいけない領域がある。
それはどれだけ願っても、決して手に入らないもの。

準太の隣でミーティングの指揮をとるタケの姿を、利央は切なく見つめた。
その場所にいるのが自分ではないことを、何度も何度もやりきれない思いで反芻する。
(準サン、どうしてあと二ヶ月遅く生まれてくれなかったの…)


例えば、黒く直毛でさらさらな地毛。
小さく可愛らしい身長。
天使のような、白い羽根。
――彼と対等になれる、年齢。

呂佳や和己や慎吾に、タケ。
そして準太。



置いていかれるのはいつも自分。
願っても足掻いても、変えられない真実。


(だれか、その場所を譲って下さい。どうか、その場所へ入れて下さい)


その場所を、誰よりも――…切望している。




あとがき

学生時代は後輩を可愛がるよりも、先輩に懐くタイプでした。
いざ自分達の代になると目標を見失っちゃったり…。
もっと長く一緒に過ごしたかった。
たった一年が遠かったな、と思います。

2007/11/05