きらきら


鳥のさえずりのように高らかな金属音が真夏の重たい大気に溶けて、白い野球ボールが青空に吸い込まれた。
まっさらな白さが入道雲と重なって、まなざしの詞華がそれを追う。

まるで絵に描いたような鮮やかなホームラン。

打った瞬間に手ごたえがあった。練習でもなかなか響かないほどの快音が、利央の耳に飛び込んだ。
点となったボールが、グラウンド向こうのフェンスを直撃するのを確認した一塁。
久しぶりのホームランの喜びを噛み締めて、胸にガッツポーズを作った二塁。
三塁を駆け抜けながらベンチに目をやれば、チームメイトが口々に祝ってくれているのが確認できる。
中でも、身を乗り出してフェンス上部にぶち当たったボールの行方を目を細めて見守ってくれた準太の姿に、利央はよりいっそう笑顔になる。
そしてホーム。
自分の放ったバットを片手に、次打者の同級生がハイタッチで出迎えた。

何年野球をやり続けていても、この瞬間は格別だ。
スパイクでホームベースを踏む一瞬。「チーム」に点が入る瞬間。
何もかもをかなぐり捨てて、目に映るすべてのものが輝いてくれる時間だ。
「利央!ナイスバッティング!」
ベンチに戻りヘルメットを脱ぎ去ると、すぐ様頭を小突かれた。
柔らかなくせっ毛が次々にかき回されるものだから、人ごみを掻き分けて監督の前にたどり着いたとき、利央は何とも情けない姿になっていた。
「よく打ったな」
腕を組んでベンチにどっかりと座ったまま、利央を見上げた指揮官が呟く。その口端がにぃ、と吊り上げられて、機嫌よさそうにあごをしゃくった。
「あざっす!」
満面の笑顔で頭を下げ、改めて得点板を見上げれば確かに自分の功績である1点が記録されていた。

そんな、喜びに満ち溢れる心を弾ませてミットを手にした利央の背後にひとつの影が近づいた。
「てめー、調子乗ってんなよ」
「痛ったー! 準サン、なにするんスかぁ!!」
その影は、チームに大きく貢献したばかりの利央の太ももをどかりと蹴り上げ、悪態をつく。
間違いなく、彼が一番近しい関係だと思っている高瀬準太、その人だった。
「あんな真ん中高めの直球、誰だって打てるだろ。お前の手柄じゃなくて、相手ピッチに感謝しろよなー」
冷ややかな横目の視線が全身に突き刺さって痛い。
確かに準太の言う通り、相手の失投に助けられた感がある。けれども、それを見逃さなかったことくらい褒めてくれてもいいじゃないか。
むう、と頬を膨らませれば準太はなおも意地悪く笑う。
「ま、あの球見逃さないのは捕手として合格点かもな」
呟かれたわずかな声を、利央は聞き逃さない。不満そうに寄せられていた眉は、途端にいつもの笑顔を取り戻す。

(太陽みたいだよな)

手に預かっていた利央の帽子を被せてやりながら、準太はそう思った。
自分に懐いているこの後輩の笑顔を、準太はいつも不思議に思っていた。
晴れやかな、という形容詞がまさにふさわしい利央の笑顔。
先ほど青空に吸い込まれたボールを照らすのは、間違いなくこの後輩の笑顔だと思う。
その眩しいほどの効果を受けて、ホームランという最高の功績はますます輝くのだから。

「準サン、守備守備!」
焦ったような声が掛けられて、準太ははっと顔を上げる。
いつの間にかすっかり防具を身につけ終わった利央が、自分を呼んでいた。
焦げた初夏の土を蹴って、7人のチームメイトがそれぞれの定位置に走っている様子が見える。
もう交代か、と傍らのピッチャーグラブを手に準太も駆け出した。


敷地ぎりぎりに植えられた新緑の並木道。
白い雲、太陽と仲間の熱気に焦がされた土。
透明感漂う、空の青。


マウンドに立ってロージンバックを手元で遊ばせれば、マスクの向こうで笑う利央の姿が見える。
『オレねー、準サンとやる野球が一番好きだよ!』
中学時代に掛けられた言葉を、準太はよく思い出す。
この笑顔を見る限り、きっと彼はこれからもその言葉を覆しはしないだろう。
(だったら俺も、それに答えねーとな……)
ばさりと白い粉を辺りに散らせて、準太の指先から離されたロージンが落下した。

ポジショニングの後、振りかぶられ、しなる体。


(一番だって…? ちょっと違うな。俺にとってお前との野球は、もっと――…。そう、特別だ)


一陣の風がグラウンドを通り抜けるのと同時に、彼のミットの中でそれは最高の音を発していた。
眩しい、夏の発光線。エースの一球。





あとがき

真夏の熱気のなか、青い空に飛んだ野球ボールは何よりもきれいだと思います。
そんなホームラン打てたら、そりゃさぞかし気持ちいいだろうなー。
利央も準さんも笑顔は誰でもきらきらなはず!
2008/04/08