*笹葉船、空に惑いて星々の噂となる*


「じゃ、また明日の朝練でな」
「お疲れ様っしたー」
住宅街近くの十字路。いつものように準太と利央、2人に手を振った和己がそこで別れる。
今の時期は1年で一番陽が長いはずだったが、夏大までもう間がない時期でもあるから当然帰りは遅くなる。
疲労と眠気で重い体を引きずって、2人は自転車を漕ぐ足に再び力を入れる。
「うあー…、もうダメ。眠いよー、準サン」
「じゃ、勝手にその辺倒れてろよ。どうせお前、和さんと違って役にたたねーじゃん」
真顔で準太にそう返されて、瞼を半分垂れ下げながら利央はため息をついた。
「なんスか、それェ! オレだってベンチ入ってるじゃん!」
「出番ねーから、心配しないでその辺寝てろ、な? 思いっきり風邪ひいていいぞ」
ぶぅぶぅ言う利央を尻目に、準太は自転車のスピードを上げた。その背中を眉を寄せた利央が見やる。
帰り道、準太は和己が別れると決まってこう不機嫌になる。
特にここ数週間はその差がとても顕著だ。
(あーハイハイ。和サン最後の大会だもんね、どうせオレはオマケですよーだ!)
軽く息を吐く隣の準太は、明らかに自分よりよほど疲れたような顔をしている。
練習嫌いなはずなのに、ここ最近の彼の覇気迫る様は見ていて心配するほどだ。
ちゃんと眠れてるのかな、と思わず顔を覗き込む。
「なんだよ」
しっかりした声がして、眉を顰められる。
この張り詰めた緊張感は、あと何日続くだろうか。
(初戦なんて、新設校じゃん……)
正直、そんなに緊張することじゃないと思う。今の部の実力なら負ける気はしない。
だけど準太はきっと「これが夏大だってこと忘れなきゃ、勝つのはうちだ」という和己の言葉を気にしすぎている。
(ホント、難しい人なんだから……)
秋以降、彼と組むこととなる自分にはいささか荷が重い。
この夏いっぱいでどうにかして和己からその技を盗まなければ。
はぁ、ともう一度深いため息をつきながら、利央はそのまま夜道を進んだ。



「うー、もーっ。眠いって!」
自宅までもう数分。意識のなくなりそうな自分に、利央は首を振る。
額に浮いた汗が、密かに辺りに飛び散り、街灯に照らされて鈍く光る。
「うるっせェなぁ! もうちょっとで家だろうが、お前は。俺なんかまだまだだぞ」
「だって、準サン。喋ってないとホンキで寝ちゃうんだもん。腹はふくれてるしさぁ!」
そう、確かに今日は練習終了は遅かったが満腹だった。
7月7日七夕。
それにあやかって、保護者会が普段よりも数倍の差し入れを用意してくれていたのだ。
特に、イベントを意識した笹団子と色とりどりの手作りそうめんは最高だった。
にんまりと笑顔を浮かべて、利央はその味を思い出す。
イベントは家族と過ごすのもいいけれど、やっぱり部活仲間とワイワイガヤガヤ集まるのが最高だ。
隣には準太もいるし、と思いながら利央が視線を準太に向けると、彼は例のハムスターのように頬を膨らませるいつもの笑いをその顔に携えていた。

「え、ちょっと何笑ってんの、準サン?」
「……ぶっ」
利央が声をかけると同時に、耐え切れなくなった準太が肩を震わせて盛大に笑う。
「ちょっとォ! 何って聞いてるんスけどー!!」
その後も暫く準太の爆笑は続いた。今さっきまで不機嫌だった人が急に笑い出して、利央は首をひねる。
なんとなく自分が笑われているんだろう、と思うから少しばかり頭にきた。
「ホントなんなの?」
「……や、部活後の短冊吊るし、思い出した」
短冊吊るし?
ああ、そういえばやったよねと利央が相槌をうつ。
差し入れを平らげた後、これも保護者会からの提案で夏にむけての意気込みを皆で笹に吊るした。
けれど一体、それがなんだというんだろう。特に変わったことも無かったと思うけど。
「なに、お前。わかんねーの?」
嫌な予感だ。
こんな風に準太が笑うとき、決まって自分に不利な事態が待っている。
(ええっ、オレなんかした?)
きょとんとしながら準太を見つめる利央に、自転車を止めた準太はポケットから一枚の紙を取り出した。
宵闇にぼんやりと浮かぶ、黄色の短冊。
「ああっ!」と声を上げて、利央は瞬間的に手を伸ばす。
「おっと。どあほう、もう遅せーよ」
その手を交わして、準太はそれを読み上げる。
わぁわぁと声を上げて、利央は自分の耳を塞いだ。
「準サンが気持ちよく投げれるように、何でもします。……どんな告白だよ、コレ」
ひらひらと、わざとらしく自分の顔の前で黄色の紙が揺らされる。
真っ赤に頬を染めながら、利央はじろりと準太を睨んだ。
「表は普通に定番の『甲子園!』なのにな! バレねーと思ったのか、お前」
「……な、んで分かったんスかぁ!」
ああ、本当にどうしてばれたんだろう。
誰にも見られないように離れた所で書いたし、飾りつけに行ったのだって片付けられる直前だったのに。
「ヒント1。うちの先輩達はみんな楽しいことが大好きです」
分からない。でも、3年生が関係しているのは分かった。
「ヒント2。その上人生経験豊富で狡猾です。……あ、和さんは純粋だからな」
もう和さん自慢は聞き飽きたから、早く教えて下さい。
「最終ヒント。揃って視力自慢な副主将コンビは、利央君のことも大好きです」
分かった!!
「山サンと慎吾サン!」
先ほどまでの赤い顔もどこへやら。子供のように目を輝かせて挙手をした利央に、準太はもう一度噴出した。
そんな彼の様子に、利央ははっとなる。慌ててもう一度頬を赤らめ、下を向いた。
「大正解。カンもいいから、あの人たち。面白可笑しく報告してくれたぞー」
ああ、その顔が克明に浮かんでくる。きっと本当に楽しそうに笑っていたのだろう。
嬉々として準太に報告しただろう二人の顔を思い出し、利央は項垂れる。
明日は絶対、朝一番に文句を言おう。

「……今年は晴れたな」
ふいに、準太が空を仰ぎ見る。
つられるように、利央も首を傾けた。漆黒の深い夜空が、視界いっぱいに広がる。
「キレーだね」
「おう」
そういえば、去年は雨が降っていた。梅雨時期だから当たり前だけど、結局織姫と彦星は二年に一度、会えればいい方じゃないだろうか。
その美しい光の川を暫く眺めて、準太はもう一度手の中の短冊を見つめる。
「利央、裏山行こうぜ」
「ええー、今から? なんで?」
もう夜も遅いし、明日も早い。早く家に帰って眠りたいのが利央の本音だ。
「……竹林あったろ。コレ、飾りに行こうぜ」
「はぁ……、本気?」
信じられない、と利央が言うが、準太は何のためらいもなく頷いた。
仕方ないなぁ、と鞄を背負いなおして利央が前を向く。
「今年は晴れてっから、きっと叶うんじゃね?」
自分の顔を見て、準太はまた笑う。恥ずかしい。きっとあと一週間はこのネタでからかわれるんだと思うと気分も重い。
「早く忘れようよ、準サン。恥ずかしいじゃん」
「ん? 何か言ったか? 俺のために何でもしてくれる利央くん」
「だから忘れてって言ってるじゃん!!」
ああ、もう最悪だ。
山ノ井と慎吾に絶対責任をとってもらおう、と自宅とは反対の道に出て利央は思う。
「……誰かさんがこんな願いまでして応援してっから、頑張れんだぞ」
にやりと口角を上げた準太の幸せそうな顔を、前を走る利央は知らない。
(まぁ、教えてやんねーけど)
自分の本心は、天の川で逢瀬を楽しむ織姫と彦星だけが知っている。



――『甲子園で、いい所見せられますように』
その願いが向く先は、和己なのかそれとも……。
頭上でキラキラと瞬く星が、そっとその噂をしていた。




あとがき

七夕のお話なのに、もう3日も過ぎてしまっています;
今回はくっついてないけどほのかに想いあってる準利で書いてみました。
実際本編でこの時期ってもっと殺伐としているかもしれませんが、ご容赦を……;
準さんも利央も、お互いの幸せを願いあってればいいと思います☆

素敵な星のお祭りでありますように!

2008/07/10