【島崎慎吾の観察日記:1】


4月12日(△曜日)・天気:曇りのち晴れ


桜もついこの前散って、野球部専グラ脇の並木道はなんとなくさみしくなった。
……なんて、ガラにもない言葉からこの日記を始めてみる。
だって実は全然さみしいなんて思ってねーから。

桜ほど可れん(←漢字ワカラネーっての)じゃねーけど、今うちの部内には花……が咲いている。
とんでもねー、ばかの花が。
ん? いや、アホの花か、いや、やっぱちぢれマイマイの花か?
まー、どーでもよくて。

とにかく、その花、名前を高瀬準太と仲沢利央という。
そうだな、花びらはそれぞれ青とオレンジか?
まあ、準太の方はもう一年の付き合いになるが、まさかあいつがあんなにオモシレー奴だとは知らなかったっつーのな!
(そーと知ってりゃ、和己に隠れて一年のときに散々可愛がってやったってのに……)

ありゃあ、最強の俺様ツンデレだな。
(ツンデレについてはこの前山ちゃんとモトが1から10まで教えてくれた)
なんつうか、もう、利央の前と俺の前とじゃ裏と表みたいな変わりよう。
もっとも、アイツが一番変わるのは和己の前なんだけど。
ま、これはいいや。

そんで、利央。
どーやら中学も桐青で、内部上がりみてーだな。
和己も随分楽しみにしてたよ。
まー、センスはそこそこ。でかいしきたえりゃ来年は化けるかもなー。
来年っつーと俺はいねーんだけど。

しかも「あの」呂佳さんの弟だってよ、しんじられなーな。
あんな似てない兄弟いるのかよ、どっちか捨て子だったんじゃねーの?

あー、また話がずれたか。

とにかく、だ(つーか俺、「とにかく」使いすぎじゃね?)。
新年度の部活始まりからじゃれついてるその花が俺は可笑しくてたまらねー!
夏に向けて遊んでる場合じゃねーのはじゅうぶんわかってんだけど。
ストレスためない為にはこーゆうのも必要ってことにしとこうぜ。

そんなわけでとりあえず、のそのそ観察日記を始めてみようと思う。

さー、ゴールデンウィークの遠征が楽しみだなーっと!

……でも、和己にはばれないようにしねーとな。
アイツ、変なトコに寛容(字、これで合ってるか?)で変なトコにうるせーからよ。


【島崎慎吾の観察日記:2】


6月20日(△曜日)・天気:雨


憂鬱(この漢字めんどくせぇ)だった。
梅雨の時期は毎年思うけど。
毎日じめじめ湿気が暑苦しいし、グラウンドはびしょびしょ。
部員数にあてがったら狭い屋内練習場はもっと暑苦しい。
渡り廊下では筋トレ、筋トレ、筋トレ。
……これ以上腹割れてもなー。
世間のはやりは細マッチョなんだぜ?

まあそれでも、今日は少しだけ和んだ。
それも、あの観察しがいのある二匹の花のおかげで。
(花は匹じゃねーのは重々承知。でも、あいつらにはその方がしっくりくる)

まったく、毎日毎日よくじゃれつけるもんだよなぁ……。
始まりは昨日。
朝練で準太の奴が面白いもんを見つけた。

黄色いふわふわ。
いつもアイツが弄り倒す、利央の髪の毛だ。
細いそれを準太はわざとらしくかき回して利央の非難を浴びる。
きっと好きな奴はいじめたいってあれだろ?
小学生かよ、ホント。

でも、昨日はちょっと違ってた。
利央の奴が、なぜか登校中から帽子をかぶってる。
その理由もすぐ分かった。
いつものクセで俺が挨拶してやったら、帽子脱いで頭下げやがったから。
(体育会系の染み付いたクセってやつは本当に恐ろしいぜ)

ぼわわっ!!
瞬間広がった色素の薄い髪の毛。
それは見れば見るほどヒヨコにそっくりで……。
その場に居た誰もが(あの和己ですら)大笑いした。
利央によると毎年湿気の多いこの時期は、ときたまこうなるらしい。

投球練習で久しぶりに組んだ準太は、朝のその出来事を思い出すのかずっと肩を震わせて。
ぶすっとした利央に、思わず笑ってやった。


そして今日。
放課後練に現れた利央の頭は、再び誰もが注目することに。
一体誰の持ち物なのか。
可愛らしいピンクとオレンジのヘアピンで飾られたその頭。
部員が固まる中、当の本人だけは馬鹿なことを口にする。
『ねぇ、どう!? これでもう髪の毛ぼわぼわしないもんねー!!』
得意満面なその表情。
聞けばクラスの女子にやってもらったのだという。
お前、それは遊ばれてるってことに気付いてくれ……。
と、俺が脱力したのは言うまでもないが。

ま、なにが和んだかってーと。
案の定、激しい練習の後絡まってしまったその髪の毛を、丁寧にといてやる準太の姿なんだけどな。
普段とことん乱暴に利央のことを扱っているのに、今日の手つきは恐ろしいほど優しい。
ちょとでも引っ張られそうになれば、途端にその手を止めて。
文句たらたらな口調とは裏腹に、利央から見えない表情は真剣そのもの。


あーあ。
俺も誰かにあんな表情、して見たいもんだ。
そんなわけで、もうちょっと観察は続きそうだな。
なんつったって、交配の時期にはまだまだかかりそうだから。


【島崎慎吾の観察日記:3】


7月3日(△曜日)・天気:曇り


さて、今日も飽きずに観察日記としゃれ込みましょう。
こんばんは、奥さん。あなたの島崎慎吾です。
(↑これ、この前罰ゲームで本気でやらされたんだぜ。まったく山ちゃんは鬼だよなー)

とはいっても、夏大直前で毎日疲労困憊。
正直この日記をつけるのもちょこっとめんどい……、と思っていたはずなんだけど。
ちょっと面白い事件に遭遇したのでイケテる男、島崎慎吾は頑張ってみますよ、っと。

今日のお題は犬と猫。
まあ二人を知ってる奴らなら、どっちがどっちかなんて簡単に分かるだろ?
準太は猫で、利央は犬。
っていうか、投手ってかなりの確立で猫気質だよなー。
気まぐれ、俺様、ムラッ気、プライド高し。俺の見てきた投手もそんな奴ばっか。
ほんで捕手も犬気質の奴が圧倒的に多い。
基本的に世話焼きで尽くすのが好きだからか?
まあたまに攻撃色が強くて噛み付くのが趣味なやつもいるけど。
(その噛み付くのが味方か相手チームか、変わるだけだ)

今日だって、凄かったんだぜ。
遠征の荷物をみんなして運んで、でも自分らの荷物を見張ってる奴が必要で。
たまたま足をひねってた利央が監督にその役を命じられた。
人より少し早く作業が終わった俺は、こっそりとその場に一人残された利央の奴を見れたんだけどよ。
……犬だった。間違いなく犬だった。
一人が寂しいのか、ヘマをした自分が悔しいのかわかんねぇけど、とにかくあいつはしょぼくれてた。
あのばか長い体をぎゅーっと縮めてな、そんでしょぼくれてるわけ。
いやー、面白かったね(利央に悪いとか、残念ながら俺は全然思わない)。

そこにやってきたのは準太。
まー、運ぶ荷物が三年と同じくらい少なかったのは投手権限だろうな。
浮かない顔した利央を見て、でるわでるわ、罵詈雑言のオンパレード。
(でもその言葉があほだ、ばかだと単純な辺りが準太らしい。マサヤンなんか語彙力がすげーから、そりゃ一発で立ち直れなくなるような言葉を吐き捨ててくれる)

けれど、それもわずかな間。
よほど落ち込んでいたんだろう、いつもはきゃんきゃん、非力ながら吠え掛かる犬は今日ばかりは違った。
伏せた顔と丸まった背中。
ああ、猫が犬を泣かしちまった。

驚いたのは、そのあとの準太の行動。
てっきりイラついてその場を気まずそうに離れるもんだとばかり思っていたのに。
隣に座り、利央の肩を抱く。
ボソボソと呟かれる言葉は俺にまでは伝わらないけれど……。
でも、その表情が全部だ。
準太にしては珍しく切なそうな、何かを悲しむような顔。
猫は気まぐれに甘えるものだというけれど、これはそういう類じゃ無い。

なんだかなー、気づいた俺はこっけい(漢字がわからねぇって)みたいなんですが。
準太は犬気質の猫だってことなんだな、結局は。
そういえば、感情の種類は違うけど和己の前じゃ、忠犬だしな。
やっぱ、持ち上がり組みってズリーわ。

和己と利央、二人の前でしか犬にならない準太。
和己の前じゃ、それはまるっきり忠犬だけど、利央の前じゃ猛犬になる。
普段は気まぐれにその周りを徘徊して。
けれどいざというときにはその体に誰も触る事を許さない。
守るように、独占するように、外敵に牙をむき、いとおしむように主人の体をなめる。

そーいや、マーキングだけは激しいしなぁ?

この場に出て行ったらまさしくかみ殺されそうだ。
そんな事を思って、俺は立ち去ったわけだけど。

あー、いや、ホント……ねぇ、奥さん。
観察するのも怖くなってきましたよ、俺。
まあもう少しだけ、頑張りますが。

うーん、花の交配時期ももうすぐかもなー。


【島崎慎吾の観察日記:4】


1月2日(×曜日)・天気:曇り時々雪


拝啓、お元気ですか。
僕は元気です。

……って、なんじゃこりゃ。アホなことしちまった。

久しぶりの日記、だな。ホントに。
こうなったのは……、まあ、前回の日記のすぐあとこれが見つかったからなんだけど。
誰にってのは、まあわかるだろ。
我らが偉大なるキャプテンに。いや、もう元・主将になるのか。
『お前は夏大前になにを書いてるんだ』
部室のロッカーにうっかり忘れた日記を本山君が発見。
面白がった彼は見事に和己にチクってくれましたとさ。

まあその後は、夏の敗戦のショックもちょっとばかりあって。
家の机の奥でひっそりとこの日記も忘れ去られてた。

けど、年末の大掃除でうっかり発見。
懐かしがって読んでたんだけどよ、昨日すげー場面を目撃。
運命ってあんま好きな言葉じゃねーんだけどさ、これは、なあ?
ちょっとくらいなら信じるのもいいかもって気になった。

受験勉強で家にこもりがちの俺を、母親が帰省していた兄貴と一緒に無理やり押し出した。
『ちょっと遠出しようぜ』なんていわれて、向かったのは東京。
正月三が日で三百万人の参拝があるっていう、あの神社へ向かおうって、おいおいおい。
めんどくせぇ、なんて道中何度呟いたかわからねぇけど……。

でも、見つけちまった。
地元から離れた、その場所で。
準太とそして利央、二人を。

でかいんだから、目立つんだよあの後輩――特に利央の方は。
はじめは人違いかと思ったけど。
でも、あんな変わった人種がそうそういるわけもなくて。

……繋がれていた、人混みの中の二人の手。
向ける利央の笑顔ははちきれそうで。
押し殺したような準太の口元も、幸せそうに緩んでいた。

天気はあいにくどんより曇った鉛色の雲でおおわれていたけれど。
雲間から溢れた光の筋は、狙ったみたいにあいつらを照らしてた。

『どうか、彼らの道中が明るいものでありますように』

臨時に設けられた賽銭受けに五円玉をひゅっと放り投げて
(スーパーセカンド島崎慎吾の今年最初の活躍だぜ?)
思わず祈ったその気持ち。
多分、来年の夏は面白い野球が見れる。
この、なによりも幸せそうな新生バッテリーがいるのだから。


【島崎慎吾の観察日記:5】


7月24日(●曜日)・天気:快晴


『暑中お見舞い申し上げます』

懐かしい後輩から一枚のはがきが届いた。
見事なまでの連名で書かれたそのはがきは、俺にこの日記の存在を思い出させるに十分だった。

『慎吾さん、元気ですか? 大学での活躍、いつも和さんから聞いています』

右肩上がりの角ばった筆跡。
これは準太。もう三年もたつのに、ちっとも変わらない。

『今年の埼玉代表、やっぱりARCだったね、ちょっと悔しいかも』

準太よりも太め・丸めなのは多分利央。
こっちは多少上手くなった、というか漢字がちゃんと使えてる。
ま、大学入学したんだからこのくらいは書けてねぇと逆にヤバイか?

『また詳しく連絡しますが、今年の冬、どうやら桐青三学年OB合同で同窓会があるみたいです』
『迅とオレが主催します! 慎吾さん、絶対来てください!』

へぇ、そんなのがあるのか、なんてちょっと嬉しくなる。
あのときの三年連中はもとより、やっぱ結構みんな進路バラバラだったもんな。

『それでは暑い日が続きますが、体調には気をつけて』
『また大学野球での活躍、応援してます』

『高瀬準太・仲沢利央』

はがきの上面には、一面のヒマワリ畑の中で笑う二人の写真。
咲き乱れる花は、まさしく自分が観察していたあの日々の集大成。

裏返したリターンアドレスは、予想通りひとつの住所で。
「……いい花が咲いたもんだ」
ニヤリ、笑ってそう呟く。



晴れた空、黄色の花、鮮やかなコントラスト。
そして最後のページには、一枚の葉書。



【島崎慎吾の観察日記・終】