*夕暮れのジェラシー*(JR)
放課後の教室、委員会の仕事を片付けた俺は、利央を待たせたそこへ向かう。
階段を昇りきると、開け放たれたドアから利央の背中を見ることができた。 行儀悪く窓側の机に座った利央は、夕暮れる空のオレンジを見つめていた。 沈む太陽は、窓から侵入してその懐に利央を包み込む。 その髪までも太陽の色に染まっている様子に、俺はまるで利央が光から生まれてきたような感覚に陥った。 神々しい、とはこういうことを言うのだろうか。 「利央……」 暮れる太陽がこいつを連れて行ってしまいそうで。 俺の口からは無意識に彼の名前が呟かれる。 「準サン!!」 わずかな音量を、それでも聞き取ったらしい利央が、ぱっと振り向いた。 入り口に立つ俺を見て、心底嬉しそうに笑う。 机から降りようとする利央を静止させて、俺の方から近づいた。 「準サン、何?」 無表情のままの俺を、不審に思ったのだろうか。利央の瞳が不安そうに揺らぐ。 それを無視したまま、太陽の色に染まったままの頭を引き寄せて、強引にその口を塞いだ。 「んっ…!」 驚いて腕の中で暴れる利央を、俺はさらに抱きしめた。 (たとえ、相手が太陽でも、神様でも、利央、俺はお前を渡さない――) *不確定なココロ*(JR)
最近、思わずびくりとしてしまう時がある。
朝一番の部室で。移動教室で二階を通るとき。放課後、投球練習場で。 共通するのは準サンを、見かけたときだ。 練習が終わって、部室で着替えている今だって、無意識に彼を目で追っている。 (…何でだろ。何でそんなに、気になるのかな) 自分の行動なのに、分からない。 はぁ、とため息を漏らした俺に、隣で着替える迅が不審そうな目を向けてきた。 「利央、お前調子悪いの?」 「え?別に、体調は普通」 やっと練習着を脱ぎ終えたオレを余所に、迅は既に制服のシャツに袖を通す所だった。 そんなに長い間考えてしまっていたのかと、少し焦る。 「ふぅん?でも、何か変だし。疲れてんじゃねぇの」 「疲れてる、訳じゃないと思うけど」 「鍵当番、代わってやろうか?」 スポーツバッグを手に取った迅が、オレの顔を覗き込む。 試合のときと同じ、真剣な顔だ。余程心配を掛けているらしい。 「平気。だって元気だし!」 いつもの様に笑ってやれば、少しは安心したのか、迅の顔にも余裕の表情が戻った。 「いいのかよ?じゃぁ、先帰るな」 ドアをすり抜けた迅の背中を見送って、オレは着替えを続ける。 迅との会話に夢中になっていて気付かなかったが、いつの間にか部室には殆んど人気がない。 少し焦ってネクタイに苦戦していると、突然後ろから声を掛けられた。 「お前、相変わらずトロイ!」 「準サン…」 そういえば、誘われて一緒に帰るんだった。 イラついた様子の準サンはオレの手からネクタイを奪い取って、呆れたようにため息をついた。 「やってやるから、こっち向けよ!」 少しかがんだ準サンの顔が、間近に迫る。 ヤバイ…! その端正な顔に、自分が赤くなっているのに気付いたオレは、もう一つの事実にも気付いてしまった。 これから一緒に帰るのに、この感情は真面目にヤバイ! わたわたと手足を空に揺らがせたが、時既に遅し。 (オレっ、準サンのこと、好きなワケっ!?) *美しい両手*(AM)
昼休み、授業中の緊張感から開放された生徒達は、思い思いにその自由時間を過ごす。
1年9組では、いつもの様に野球部の面々+浜田が、テーブルを丸めて談笑していた。 そこへ、小ぶりの小物入れを持って、阿部がやってくる。 「よぉ、阿部!何しに来たんだー?」 「ああ、ちょっとな」 一番に気付いた田島が、阿部に声をかけるが、阿部はそっけなく返事をするのみだ。 三橋の隣に当たり前のようにやってきて、そこいらに放られている椅子に腰掛ける。 「三橋、手」 「う、えっ?」 突然声を掛けられた三橋は驚いたようだったが、素直に右手を阿部に差し出す。 「爪、ちょっと伸びてただろ。ちゃんとしないと、怪我する」 そこまで言われて、三橋もああ、と頷いた。 朝練習の後、阿部が密かに自分の指先を気にしていたのを思い出したからだった。 「う、ご、め…」 「謝んなっての。まだそんなにひどくねぇし、俺が気になるだけ」 三橋の手を器用に固定した阿部は、小物入れからやすりを取り出して慎重にそれを削り始めた。 最初こそ、その様子を見つめていた田島は、すぐにそれに飽きてしまったようでバタバタと席を外す。 田島のお目付け役である泉と浜田も相次いで席を立ち、その場には阿部と三橋の二人が残された。 「あ の、阿部く ん。ありが、と う」 「別にいいよ。こんくらい。お前に自分でやられると、そっちの方が恐い」 爪の形を整えながら、阿部は三橋の手を凝視する。 初めてこの手を握ったとき、本物の投手の手だと思った。 タコやマメでボロボロな皮膚に、この上ないほど感動したあの日のことを、自分はきっと一生忘れない。 「…本当に、いい投手の手だよな」 呟いて、その指先を愛おしそうになで上げる。 ピクリと反応した三橋の顔を盗み見れば、その頬が真っ赤に染まっていた。 「三橋、甲子園行こうな」 「――っ。う、ん!」 甲子園で、この手は多くの夢を生み出す。 きっとそうに違いないから。 (その時、俺は捕手として、この手を自慢しよう。こいつの手は、最高にキレイな手だって) |