*色に惑う*


目を開けてから始めて、自分が今まで目を閉じていたんだと知る。
真夜中の薄闇の中で、眩しいくらい、天井が白く浮かび上がっていた。
柔らかい羽毛の下、温かいベッドの中で寝返りを打とうとして、両腕の中の存在に気づく。
そういえば、珍しく抱いて寝ていた。
「……起きてたのかよ」
目線だけを動かし利央を見ると、とろんと眠そうな瞼が静かに瞳を隠す。
「うん。準サンのカオ、見てた」
「いい男だったろ?」
半分意識の落ちかけた後輩の背を、いたずらに撫でさすってやりながら意地悪く笑う。
あがなう気力も無いのか、利央はただ「うん」と頷いた。

時刻は午前1時半。
ああ、いつの間にか日付が変わってる。
歳、追いつかれたんだな。と思って知らず小さなため息が漏れた。
「りおー…」
黒の支配する空間、濁ったような自分の声が木霊する。
けれどその呼びかけは、もう意識の落ちた利央に届かなかった。

言葉は不自由だ。
こんな日くらい、こいつに甘い囁きを残してやれたらいいのに。
この胸の中で燃える、想いを全て伝えられたらいいのに。
お前は絶対知らないだろう、利央。
どんだけお前という存在がこの心の中を支配しているかなんて。

けれど、どれだけ熱い気持ちが自分の内に存在していても、言葉に紡げなければ無意味だ。
もう少し、自分にコミュニケーション能力があったら。
あと少し、自分の生来のプライドが低かったら。
ほんの少しだけ、この口が軽かったら。
お前を満足させられるだろうか。

トレーナーの首元から覗く赤い花。
数時間前に自分が惜しみなく水をやって、咲かせた花たちだ。
腕の中の存在を、啼かせて高みへ導いて。
奥手な言葉と裏腹に、手つきだけは饒舌だった。

「利央」
先程よりも強い口調でもう一度呼びかけても、反応はない。
「―――――……」
結局、喉の奥で体に舞い戻ってしまった言葉を恨めしく思いながら、もう一度こいつに腕をまわす。
抱きしめるその力の強さで、少しでもこの七色に揺らめく心が伝わればいいと思いながら。





ゆらゆらと波を漂う小船を唐突に自分に重ねた。
瞼が重い。確かにどこか遠くの方で名前を呼ばれている気がするのに。
目を凝らそうとして、黒のなかにかすかに弾ける星が見えて。
ああ、自分は目を閉じているんだなと知った。

日付が変わる瞬間を見ていた。
薄緑に光る蛍光塗料の文字盤がおもむろに重なって、自分があの人と同じ歳になったことを実感する。
何にも変わらないけど。
多分、今日も昨日と同じように自分は必ず10回くらいは言うと思う。
『準サン、ダイスキ!』って。
『準サン、カッコイイ!!』って。
それから抱きついて、うるさそうな顔をしたこの人に頭でも叩かれて。
多分、昨日とも明日ともなんにも変わらない日になると思う。

自分がそんな風に気持ちをさらけ出すことを、愛しいこの人は訝しげな目で眺めてる。
でもね、準サン。
スキって100回言ったって、ダメなんだ。
カッコイイもアイシテルも、飽きるくらいにどれだけ口にしたって、ダメ。
だってちっとも伝わって無いって思うんだもん。

多分準サンは、知らないと思うよ。
その声に、どれだけの気持ちを込めているかなんて。
叫んでも叫んでも、たまに気まぐれに囁いてみたって、全然無くならないこの胸の気持ちを。
むしろそれは伝えるごとに、膨らんでるんだってこと。

うん、やっぱり言葉って不完全だ。
本当に自分が伝えたいことは、どれだけ口にしたってちっとも伝わらない。
自分の中から抜け出して、相手の体に沁みこんでくれない。
どうしたら、もっとこの人を幸せに出来るんだろう。
自分の全身全霊で叫んでも、ほんの少しの効果しかない。

準サンは、こんなに伝えてくれてるのにね。
数時間前、熱い吐息で胸を震わせて、そのキレイな指先で全部の肌を緩やかに撫でてくれて。
吸い込まれるような瞳で見つめて、熱を見せてくれてる。
こんなにも、満たされた気持ちでいっぱいにしてくれてるのにね。
どれだけ言葉を紡いでも、その半分も返せない自分が悔しいよ。

だから多分、今日も起きたら言うからね。
いろんな色をこのちっぽけな言葉に混ぜて、言うからね。
『ダイスキだよ』って。
でも本当は、ダイスキよりもずっとずっと好きなんだ。
少しだって離れちゃうのは嫌だから、だからこうして胸に頭を埋めさせて。
準サンの匂いで、眠らせてね。





(そうして多分、明日も一緒にいる。)