*921と37.7の符号*『うっわ、どこのどちら様?』 聞きなれた、からかい混じりの声が耳元であげられた。 ベッドの上にだるい体を横たえたまま、俺はそれがいかにも彼らしい、と電話口の向こうの人物に思う。 「埼玉県東部に住んでる島崎慎吾君です、山ノ井さん」 『あはは、ホントひどい声だねぇ、慎吾』 そんなにひどい声だろうか? 軽く喉に手を当ててみるが、特に熱を持っているわけでもなく……、ああ、けれど今日は体全体が熱いのだからそれに気付かないのかもしれない。 「まあそういうわけで、俺、今日行けねぇけど」 『分かった。高島もマサヤンも前チンも来るし、こっちは全然問題ないよ』 「なんかそー言われっと、俺いらない子みてーだなぁ」 山ちゃんがあんまりにあっさりと言ってくれるものだから、ついそんな文句が俺の口から漏れた。 実際そんな風には思ってねぇけど。 『え、あれ、慎吾ってば今まで役に立ってるつもりだったの?』 「あー、はいはい。俺は偉大なる山ノ井さんのオマケです、普段から役立たずですが今日はお休みします」 そうきり返し、俺は無理やり話を纏めた。 普段ならもう少しは山ちゃんのお遊びに付き合ってやるところだけど、今日はさすがにそろそろ限界だ。 それに、多分もう山ちゃんも出かける時間だろう、ちらりと部屋に掛けてある時計を見てそう思った。 『ああ、じゃあお大事にねー』 俺のそんな意思を読み取ったのか、それともただ単に俺で遊ぶのに飽きたのか、多分どっちもだ。 とにかく、そんなやり取りのあと電話は切れた。 9月21日。 秋のシルバーウィーク、中間日。 天気は快晴、気温も上々。 オマケに、今日は自分の誕生日だ。 それなのに、俺は昼近いこの時間になっても未だベッドの上。 それもそのはず、手元の体温計には37.7の数字が綺麗に浮かび上がっている。 引退して体が鈍っているのか、それとも受験のストレスか。 いずれかはわからないが、どうやら俺はせっかくのこんな日に風邪をひいたらしかった。 とはいっても熱は微熱。 多少体が重いだけで、頭が痛いとか咳がすごいとかは全然まったくこれっぽっちも感じない。 18にもなった男の誕生日を皆で過ごす訳もなく、他の家族は仕事に婦人会の旅行にデートにと、意気揚々と出かけていった。 男兄弟の末なんて、大抵どこもこんな扱いだ。 俺も本当なら後輩達をしごきに学校まで行く予定だったけれど、こんな体調なのでそうともいかず。 その辺りは多分、引退した他の3年が自分の分も上手くやるだろう。 しーん、と静まり返った自宅。 先ほど口にした薬の副作用もあいまって、めちゃくちゃ眠い。 一応、という感じで母親がおなざり置いていったケーキも気になるけれど、まあそんなのは後で食えばいい話だし。 とりあえず、俺は寝る。 くあ、と大きなあくび一つ。 それだけで、今年の誕生日は寝過ごすことに決定した。 「おやすみー」 誰にともなく言葉に出して、軽く反転。 あー、二度寝最高だよなあ……。 * * * あー、二度寝最高だよなあ……。 ふわふわと気持ちいい、最高の時間。それを邪魔したのは、家に響き渡るインターホンの音だった。 熟睡の時間を終え、ノンレム睡眠に入っていたらしい俺の頭は、高いその音を目覚ましがわりに覚醒する。 「……なんだよ、訪問販売か?」 眉を寄せ、むくりと起き上がる。目の前の壁に掛かる時計を何気なく見れば、時刻はもう夕刻も遅い時間だった。 寝すぎた。 昼飯を食べていない腹が空腹にそう泣いて、とにかく起きろと命令する。 ――ピンポーン! 玄関からは、訪問者から再度の催促。 「はいはーい、今いくっつーの」 髪の毛の寝癖を軽く撫で付けることで直し、俺は階下へ向かう。 セールスなら扉は開けないで居留守を使えばいいだけのことだし。 でも、インターホンを覗いた俺は驚いた。 予想もしなかった人物が二人、そこに立っていたから。 『あれー、迅、慎吾さん出ないよ?』 『……病院とか、行ったんじゃねぇのかな』 『ええっ、だってもう夕方なのに? も、もしかして中で倒れてたり……!!』 『バカ、縁起でもねーこと言うなよな、お前!!』 『だって、迅――』 玄関先で百面相する後輩二人。 練習帰りなのだろう、中身がパンパンに詰まった、部の指定鞄が足元に置かれている。 『どどど、どうしよ。これって無理やりにでも踏み込むべき?!』 『いや、それはマズイだろ!?』 ははは、心配ありがとう、でも残念ながら慎吾さんは倒れてませんよ。 あわあわと慌てる後輩二人が微笑ましくて、俺は腹を抱えた。 いや、和己じゃねぇけどこいつら和むわ。 もう少しこの漫才にも見える行動を見守りたかったが、さすがにこれ以上じらすと本気で家に踏み込まれそうだったので俺は笑いをかみ殺して玄関へ向かう。 「あー、キミタチ、勝手に人を倒れさせないようにね?」 突然開いた扉に、あーだこーだと真剣に議論を続けていたらしい後輩たちは固まった。 「……慎吾サン生きてた!」 「うわ、バカ、利央!」 数秒後、思わず本気の感想を漏らしてしまった利央と、慌ててその口を押さえる迅。 ああ、本当に春先からちっとも変わらない、この二人は。 「何、見舞いにきたのか、二人とも」 「あ、ハイ。山さんが、今日慎吾さん熱あってこれないからって言ってて」 犯人は山ちゃんか。 おおかたきっと病状に尾ひれでも付けて話しているに違いない。 そうして多分、俺の予想が正しければ二人は預かり物をしているだろう。 「ま、立ち話もあれだから寄ってけよ」 そう言って扉を押さえてやると、「あざーッス!」と元気のいい返事が返ってきた。 まったく、若いっていいねぇ。あの練習の後にこんなに元気が有り余っているのだから。 「慎吾サン!! お誕生日オメデトウゴザイマスっ」 「お、おめでとうございます! スンマセン、利央の奴がどうしても行くって言い出して。慎吾さん具合悪いのに」 リビングのソファに腰掛けて、後輩二人は頭を下げる。 その脇には大きな袋。 「お前も大変だな、迅。一昨日は祝われて、今日は祝うほうで。忙しくね?」 「え、いや……。あ、これ山さん代表で部の皆からお祝いです」 冷蔵庫に入っていた飲み物を適当にコップにあけて差し出してやると、迅は慌てて再び頭を下げる。 その間に利央が脇においてあった袋を迅に渡して、俺の方へ押し出した。 「おー、サンキュ。あれだな、きっと山ちゃん俺の家まで来るのがめんどくさくて、お前たちに押し付けたんだろ」 「違うよ、慎吾サン。オレと迅の方から預かったんだよ、行きますーって」 「ホントかよ?」 口端を上げて意地悪い笑みを向ければ、ふわふわ頭の後輩はムキになって「ホントだよっ!」と詰め寄ってくる。 相変わらずからかい甲斐のあることで。 「わかったって。そんな凄い顔すんなよ、利央」 利央の必死の形相は何故か面白い。俺の言葉に隣の迅も利央を覗き込み、そしてぶっ、と噴出した。 そう、それくらい凄い顔だ。真っ赤で、涙目で。 山ちゃんやモトがからかう理由が良く分かる。 「慎吾さん、あの、風邪大丈夫っスか? 俺たち、すぐ帰りますんで」 先ほどの眠気がまだ少し残っていて、小さなあくびを漏らした俺を、迅が心配そうに見つめてきた。 いや、具合悪そうに見えるんだろうか、このくつろぎ方で。 「いや、全然。ああでも風邪菌うつるかもしれねーから、長居はしない方がいいと思うぜ」 「えーっ、せっかくの誕生日なんだからちゃんとお祝いするよ! ほら、慎吾サン、これオレが買った新作のチョコ菓子だから、食べて食べて!!」 こちらの気遣いもなんのその。 破天荒なもう一人の後輩は、プレゼントの詰まった袋から菓子の一つを取り出して嬉しそうに俺に見せびらかす。 そんな利央のシャツを迅が掴んで、「バカ、うるさい!」と引っ張っていた。 「ぶっ、じゃあお言葉に甘えて。そういや、今日何のメニューから入った? 峰ちゃん来たか?」 「あ、来ましたよ。満さんのコントロールが甘いから下半身鍛えるんだってビシビシしごいてました」 「あとねー、今日はタケさんがさー…」 いつの間にか会話が弾む。 もちろん部活のことが話の中心だったが、それ以外にももうすぐやってくる文化祭の出し物の話やクラスの話、俺の受験の愚痴。 30分もすればそこはもう、わいわいぎゃあぎゃあ、部室や合宿所で過ごすのと同じ雰囲気に早変わりする。 * * * 「あー、あー、もう、お前たちこそ風邪ひくっつーの」 オレンジの陽が落ち、宵闇に月が浮かんだ。 数時間、三人で騒ぎ続けたリビングはこいつらが持ってきた俺への「プレゼント」によって食い散らかされ、 母親の置いていったケーキも見事に僅かな生クリームを残して完食されていた。 そして、ファミリー用のデカイソファの上に、大口を開けて爆睡する後輩二人。 そろいもそろって間抜け顔で眠るものだから、思わず頬を抓りたくなってしまうじゃないか。 「まったく、馬鹿だなこいつら」 仕方がなく、かけてやるブランケット。 これじゃあどちらが病人なのか、祝われる立場なのか、全くわからない。 けれど、まあ。 こんな誕生日も悪くはない。 若さ溢れる後輩二人に構われて。 「しんごさん、しんごさん」とはちきれんばかりの笑顔で懐かれて。 練習後にわざわざ自分達の帰り道とは正反対の家に寄り道してくれる。 ――…ま、なんだかんだ言って結局可愛いわけですよ、この後輩達は。 来年、少しだけ寂しくなるかもな。 らしくない考えが頭をよぎった、そんな18の誕生日。 9月21日、37.7度の符号。 SSS!で発行出来なかった無配ペーパー用のネタ。 慎吾さんが大好きな後輩二人を描こうと思ったらちょっとズレてしまいました……; 機会があれば迅・利央+慎吾さんはまたやりたい、です; お誕生日おめでとう、慎吾さん! 2009/09/21 |