*宵闇、秋を装う*


じわり、あるいはしんみりと、凪いだ夜気が窓から顔を覗かせた。
生活感漂う部室に似合いの少年二人。泥だらけのユニフォームのまま、背中合わせで座っている。
「……おまえ、いい加減にウザい!」
背後から漏れるすすり泣きに、不機嫌そうに一人の少年がそう吐き捨てる。
「だ、って……じゅ さ」
ずび、と鼻をすすりながら俯いた利央は膝をベンチに乗せて抱え上げた。

秋季県大会、準決勝。
あとひとつだった。来年の選抜出場をかけた関東大会への切符に手が届くまで。
9回裏、サヨナラ。最後の一球をもう一度やり直させて欲しい。
「ス ンマ、セ……。直球、ヤだって首、ふった のに」
ぎゅっと全身をこわばらせたままの背中をちらりと振り返り、準太は盛大にため息をつく。
「うっぜえなぁ!! 8番が打ったんだから、向こうを褒めりゃいいだろが!」
顔を上げた利央の目は、澄んだ液体で濡れている。
一瞬それを拭ってやりたい気分になりながら、ぴくりと動いてしまった手を準太の心は引き止めた。

悔しくない、ワケじゃない。
絶対に利央のせいじゃないとは、言い切れない部分も自分の中にある。
だから優しい言葉をかけられない。
気まずい沈黙の後、再び足元に視線を落とし、利央は鼻をすすった。
丸まった背中が酷く小さく感じる。
それを見て、すっと準太の心に燃える炎が小さくなった。
背番号12。
秋の大会から預かったその番号に不釣合いなくらい、利央は成長したと準太は思う。
夏の大会の後ひともんちゃくあった、自分のエース番号の方が偽者だと感じるくらいに。
もっと胸を張ればいいのに。
今回ばかりは首を振った自分のカンの方が正しかったけれど、利央の配球は試合を重ねるごとに良くなった。
他の捕手や投手に意見を求め、苦手なデータ整理や暗記も頑張って。
(ああ、何で俺、こんなにイラついてるのかわかった……)
部室の窓を閉めながら、外の空気を吸い込み、準太はそっと気づく。
(こいつが、自分の力を信じてないからだ。あんだけ頑張って、それでも過小評価なんかして卑屈になってるから)
カチンと金属の合わさった、高い音が秋の宵闇に響く。
「……帰ろうぜ、利央」
先程の怒号を忘れてしまったかのように、黎明で涼やかな準太の声は利央を誘う。
黙ったまま頷いて、利央もロッカーへと近づいた。

静かだった。
黙々と着替える影2つ。
試合後の気分の高揚や、激動の鼓動の動き、身体の疲労感。
全部全部、夏とは違う。
秋の静かな気に満ちた空気が、それら全てを吸い取ってくれている。
「……準サン、なんか落とし…?」
がさがさとロッカーを探った準太の腕の隙間から、ひらりとそれは舞い落ちた。
一枚の写真。
拾い上げた利央の表情が、柔らかなものへと変わる。
「なんだよ?」
「春先の練習試合の、かな……」
覗き込んできた準太にも見えるよう、利央はその角度を変える。
ベンチの中、二つの背が並んでいる。
安全ネットから身を乗り出し、仲間の応援をしている姿だ。
「あー、あれじゃね? タケがサイクルヒット達成して、皆で騒いだときの」
「だね」
「そういや、上手く撮れたってマネージャーがくれたんだよな」
そう言いながら準太が着替えを再開しても、利央はじいっとそれを見続けるのを辞めない。
先程まで泣いていた目元がまだ赤く、外からの薄日を受けて鈍く光っている。
「……早く着替えろって」
隣のロッカーからシャツを引っ張り出し、動きを止めたままのヒヨコ頭にばさりと被せる。
上半身は裸のまま。
もうすっかり秋の夜になったというのに。
まったく、寒くないのだろうか。
「……今日、10月18日だね、準サン」
「そうだよ。明日の19日が決勝で、ついでに3位決定戦。負けたけど試合はあんだから、早く帰ろうぜ」
面倒臭そうに学校指定のセーターに袖を通して準太は怪訝に思った。
利央のもの悲しそうな雰囲気が消えている。
何かあったのか?ともう一度隣をみれば、いまだ写真から目を離さない利央の姿。

「は・や・く、着替えろっての!」
思わず眉間に皺が寄った。
ぼーっと凝視している利央の隙を見て写真を取り上げ、耳元で怒鳴ってやる。
「わッ! 準サンのオウボウ!」
「おまえ、それ、漢字で言えてねぇだろ?」
「言ってるよ!! オウボウ、横棒、あれ。おうぼう…?」
アホだ。とんでもないくらい。
頭をひねる利央を見て、準太はいつもどおり盛大に笑う。
まったく信じられない。
こんなに馬鹿でアホで間抜けな後輩が試合中、頼もしく思えるときがあるのだから。
「……ひ、ヒデェ」
非難の目を向けながらも利央は、腹を抱える準太には敵わないと悟ったのか急いで服を着始めた。
写真を眺めている間は気づかなかったが、この時間、もう肌寒い。
ぶるりと身をよじれば、まだ口元をゆがめる準太の姿。
(ほんと、サイテーだよね、準サンは)
じとりと絡む視線を適当にあしらって、準太は手に取った写真をロッカーに押し込めた。
その一瞬。
「あ……」
気づいた。利央の笑顔のワケに何となく。
日付を聞いた、その言葉の意味に。
真っ白なユニフォームに浮かぶ黒字の番号。
3年生が引退してしまった今はもう、再現することの出来ないその光景。
春の眩しい光を受けて、さんぜんと輝くその意味を。


がちゃんと部室のドアに鍵がかかる。
もう巡ってこない今日という日。
だけど、確かに笑っていた写真の中の1018。
寄り添うように、或いはもたれかかるように。

「利央、手ェかせ」
「えー、なんかしようとしてそうだからヤダ」

今は幻影の1018。
だけど、フィルムに焼きついたその数字は永遠。

「寒いんだよ! 子供体温、こっち来い」
「……繋ぎたいなら、そう言えばいいじゃん」

遠くに見える山々は秋を装い始める季節。
静かな宵闇、日に縁取られた薄い雲。
またいつか、巡る記念日まで隣にいよう。
ほんの少しだけ昔を振りかえる、1018の魔法。



あとがき

今回もとてつもなくギリギリセーフなお祝いSS。
よくよく考えたら10月18日に2人の背番号が10と18ってないんじゃないかと;
時間がなくて短めのお話となりましたが、やっぱり最後はほんわか風味になりました。
無事に今年も1018、準利の日☆
再登場時には1月11日?12日?も準利の日になっていたら素敵ですね!
2008/10/18